ひらめきブックレビュー

200年の歴史に学ぶ 米国の「リスクテイク」精神 『ベンチャーキャピタル全史』

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日本政府は2022年をスタートアップ創出元年と位置付けている。スタートアップの定義は様々だが、一般的に新たなビジネスモデルの開発を目指す新しい企業を指す。これに投資する会社がベンチャーキャピタルで、ハイリスク・ハイリターン型のアグレッシブな投資スタイルであることが多い。

ベンチャーキャピタルは過去、米国を中心に発展し、スタートアップの隆盛と表裏一体の関係にある。その歴史を丁寧にひもとき、リスクテイク精神・文化のたまものだと説くのが本書『ベンチャーキャピタル全史』(鈴木立哉訳)だ。著者のトム・ニコラス氏は米ハーバード・ビジネス・スクール教授で、優れた講義を行う教育者に贈られる賞を複数回受賞している。本書は初の一般向け単著で、人気講義の疑似体験ができそうだ。

捕鯨産業との共通点

ベンチャーキャピタルの利益分布について、縦軸に投資先の企業数、横軸に利益をとってグラフ化すると、左側に高い山、右側に長いすそ野が広がる形となる。ほとんどの投資先は利益を生まない一方、一握りの投資先が莫大な利益を生むことを表し、この投資スタイルは「ロングテール投資」と呼ばれる。ここでいう「莫大な利益を生む投資先」とは、米巨大IT(情報技術)企業の「GAFAM」のように人々の生活や産業の在り方を変える、ずば抜けた存在だ。

ベンチャーキャピタル自体を1つの産業ととらえるのが本書の特徴だ。黎明(れいめい)期は19世紀で、米国の重要産業だった捕鯨産業に起源を見いだす。捕鯨スタートアップの多くは共同事業組合の形態を採り、エージェントを通して投資家から出資を受けていた。しかし、赤字の航海も多く、鯨油や鯨ひげを満載して帰る船はごく一部だったという。著者が分析した当時の捕鯨航海と現代のベンチャーキャピタルの利益分布が、そっくりなロングテールの形を描くのは驚きだ。

その後200年間にわたり、投資先が綿織物業、航空産業、ハイテク産業などへと時代につれて変遷したり、投資先の経営への関与が強まったりしたが、ロングテール投資は変わっていない。米国では常にリスクテイクの投資が行われ、独自の文化を作ってきた。

多様性に課題

本書によれば、これまで世界中の国々がシリコンバレー型のベンチャーキャピタルの育成に失敗してきたのは、米国におけるベンチャーキャピタルの長い歴史や環境を短期間でまねしようとしたからだ。それは同時に、まねにこだわらなくなった時に脅威となる可能性を意味し、北京市のように成長著しい新たなテクノロジー・ハブが台頭する未来も考えられる。

米国のベンチャーキャピタルには、女性や黒人など白人男性以外の人材が少ないことも課題だ。チームの多様性はパフォーマンスに関わる問題であり、リターンを高めるために対策が必要だと、著者は指摘する。

文化の違いを無視した模倣がうまくいかないことは本書からも明らかだ。しかし、スタートアップの振興を考えるなら、ベンチャーキャピタルの祖国の歴史や課題をつまびらかにした本書は必読だろう。

今週の評者 = 戎橋 昌之
情報工場エディター。元官僚で、現在は官公庁向けコンサルタントとして働く傍ら、8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。大阪府出身。東大卒。

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