ミズノのスパイク「モレリア」 素足感覚、40年間追求

モレリアをはじめとするミズノのスパイクは、2021~22年の全国高校選手権で最も着用率が高かった

発売から30年以上たっても、コンセプトが変わらないサッカーシューズがある。ミズノの「モレリア」だ。ブラジル人選手の意見を取り入れて開発し、「素足感覚」を追究してきた。パリ・サンジェルマンFCのセルヒオ・ラモス選手らスターが着用する。1人の男の情熱が、当時はサッカーブランドのなかでは弱小だったミズノから名シューズを生み出した。




ブラジルチーム選手から意見聞いて開発

「1980年ごろはミズノのスパイクはモノが良くなく、あってもなくてもいい存在だった」。モレリアの生みの親である、ミズノの安井敏恭氏は話す。当時、国内のサッカープレーヤーの間ではアシックスがよく履かれていた。ミズノはサッカーにあまり力を入れていなかったという。

モレリアの開発が始まったのは1983年のこと。開発に協力したのはミズノと契約していた水島武蔵氏だ。水島氏はブラジルの名門「サンパウロFC」の下部組織を経て1984年にプロ契約を結んだ海外組の草分け的な存在だった。安井氏は何十足ものシューズを送り、感想を聞いた。水島氏の影響を受けて試してくれた同僚のチームメートたちからは「軽さ、柔軟性、素足感覚が欲しい」との意見をもらった。

素足感覚とは、足の指で蹴る感覚のことだ。ブラジルでは子ども時代に貧しさからはだしでプレーしていた選手が多く、足の裏でボールをこねて小指で蹴る傾向がある。そのため指を動かせてボールの感触が分かる製品が求められた。「日本では当時、足の裏を使う選手は珍しかったため驚いた」と安井氏は振り返る。

素足感覚の実現へ向けて工夫を重ねた。素材は厚くしないと強度の出ない牛革ではなく、軽くて柔らかく、丈夫なカンガルー革を使った。つま先には高反発の薄いスポンジを入れ、フィット感を高めた。当時はブラジルのプロでもゴムの靴底の粗悪品が履かれていた。そのためモレリアの試作品を水島氏に送ると、サンパウロの多くの選手が欲しがったという。

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転機は86年W杯メキシコ大会のブラジル代表着用