ひらめきブックレビュー

従業員に「誇り」持たせ改革 名門ゴルフ場の再生物語 『名門再生 太平洋クラブ物語』

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ゴルフの競技人口が増加傾向にある。バブル経済崩壊後は減少傾向にあったが、新型コロナウイルス禍でも屋外で「3密」を避けられるスポーツという点が見直されたようだ。最近は若い女性などでもゴルフを始める人が増えているという。

日本国内には複数のゴルフコースを運営するチェーンが各地に存在するが、国内18コースを運営する「太平洋クラブ」は代表的なチェーンだ。1971年創業の名門である太平洋クラブは2012年、利用者減少などで経営が行き詰まり、民事再生法の適用を申請した。その際、スポンサーに名乗りを上げたのが遊技業大手のマルハンだった。

本書『名門再生 太平洋クラブ物語』は14年にマルハンからやってきて太平洋クラブの社長として敏腕を振るった韓俊氏を中心に事業再生について描く。著者の野地秩嘉氏は、幅広いジャンルをこなし、緻密な取材による人間ドラマで定評のあるノンフィクション作家。

■メンテナンスとキャディーの「基準」作る

韓俊氏はマルハン創業者の三男。兄で次男の韓裕氏とともに、新しい人材育成システムである「マルハンイズム」を作成し浸透させるなどマルハンの経営改革を成功させてきた。この兄弟が「イズム」と呼ぶマルハンイズムは、マルハンで働く上で常に意識すべきこととして定められた。経営理念、ビジョン、社訓などからなり、太平洋クラブの経営にも取り入れられた。

韓俊氏は太平洋クラブ社長に就任して早々に、自社の運営するすべてのゴルフコースを詳細に見て回った。施設は老朽化が目立ち、整理整頓も行き届いていなかった。すぐさま各コースの施設設備や機材などの修理修繕や買い替え、清掃などにとりかかった。同時にコースのメンテナンスの基準を一新。コース管理者の再教育にも力を入れた。さらに、キャディーのサービスについて基準を作った。優秀な人には転勤してもらい、他のコースでキャディー教育を担当することで、全コースのサービス平準化を狙った。ゴルフ場のキャディーは地元で採用するのが一般的で転勤は珍しい。

■「人」に焦点を当てた改革

改革の特徴は徹底して「人」に焦点を当てた点にある。従業員を目上から管理するのではなく、「横に寄り添う」ように個々の自主性を尊重したようだ。著者の野地氏は、韓俊氏は従業員を「クリエーター」と考えていたのではないか、と推測する。メンテナンスやキャディーのサービスに関するプロのクリエーターとして、プライドを持って働けるように最高の環境を整備した。利用者に対しても「このコースでプレーする」ことを誇りに思ってもらうよう力を尽くす。これらが、太平洋クラブを高級路線という答えへと導いた。

目先の収益を改善するためのコストカットではなく、整備や高級化にお金をかけ、従業員のモチベーションアップを狙って成功したのが韓俊氏の経営改革だった。業種、職種を問わず、参考にしたい一冊だ。

今回の評者 = 吉川 清史
情報工場SERENDIP編集部チーフエディター。8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」の選書、コンテンツ制作・編集に携わる。大学受験雑誌・書籍の編集者、高等教育専門誌編集長などを経て2007年から現職。東京都出身。早大卒。

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