ひらめきブックレビュー

ファスナー世界市場の「巨人」 YKKの強さの源泉 『YKKのグローバル経営戦略』

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衣服、カバン、財布など幅広い商品に使われる「ファスナー」。使ったことがない人はゼロに近いだろう。ファスナーの市場で、日本国内95%以上、世界でも50%以上といわれる圧倒的なシェアを誇るのがYKKだ。海外ブランドのバッグについているファスナーにYKKのロゴを見つけた人もいるのではないか。

本書『YKKのグローバル経営戦略』は、1934年にYKKを創業した吉田忠雄氏が掲げた企業精神「善の巡環」に基づく独自の経営を分析する。著者の高橋浩夫氏は白鴎大学名誉教授で、多国籍企業論、国際経営論、経営倫理を研究領域としている。

「善の巡環」では、「良い製品を作り、安く売る」ことで、利益を顧客、取引先、自社で3等分すると考える。「事業活動で得た利益を自社だけのものと考えない」という「利他」の精神といえる。自社の利益はもっと良い製品を開発し、顧客、取引先、自社のさらなる利益を生み出すことに使われる。近年は利益の再投資が途上国の貧困、気候問題など社会問題の解決にも向けられ、「善の巡環」はSDGs(持続可能な開発目標)にもつながることがわかる。

■現地のニーズに合わせた一貫生産体制

YKKは、アルミサッシを扱うグループ企業YKKAPの事業を含めると、72カ国に106社(2021年3月31日時点)の拠点を持っている。YKKは創業時から早々に海外拠点を設けているのだが、それはファスナーの製品特性によるものだという。ファスナーは様々なモノに使われる。衣服でもジーンズであったり、ブルゾンであったりと多種多様だ。しかもブランドやシリーズごとに生地やデザイン、製法が大きく異なる。YKKはそれぞれに適合した最良のファスナーを作り、迅速に納入しなければならない。そのためには顧客企業や消費者の近くで生産する必要があるため、多数の現地法人を設けているのだ。

YKKは現地での「一貫生産」にもこだわる。原材料の調達、加工から最終製品の製造まで一連の工程を自社内で行っているのだ。ファスナーに適合する糸を生産するために専用の紡績工場まで設けているというから驚く。高品質を追求するがゆえのこだわりだ。

■各国の品質をそろえるグローバル組織

YKKは現地法人がきめ細かにニーズを吸い上げ、それに合わせた多品種少量生産により競争力を高めていった。しかし、1980年代に台頭した米GAPやスウェーデンのH&M、ユニクロといったアパレルブランドが、YKKのファスナーに対し世界中で同一品質を求めるようになった。

これに対し、各国のYKKの垣根を越えた組織であるGMG(Global Marketing Group)を設置し、世界的なアパレルメーカーのニーズや情報を共有する仕組みを作った。こうして多様性と統一性のバランスをとることに成功した。

「善の巡環」に基づく「利他」の精神で顧客や取引先と向き合っているからこそ可能だった柔軟な対応といえる。身近なファスナーに込められたYKKの思いを、本書から感じ取っていただきたい。

今回の評者 = 吉川 清史
情報工場SERENDIP編集部チーフエディター。8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」の選書、コンテンツ制作・編集に携わる。大学受験雑誌・書籍の編集者、高等教育専門誌編集長などを経て2007年から現職。東京都出身。早大卒。

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