名水の里が育む香り 千葉・須藤本家の房総ウイスキー
JR内房線を木更津駅で乗り換え、房総半島の真ん中を縦に貫くように里山を走る久留里線に揺られて約50分。路線名の由来でもある久留里駅がある久留里地区(千葉県君津市)は良質な地下水に恵まれた名水の里だ。約1年前から地元の老舗酒蔵が千葉県内で初となる地ウイスキーの製造・販売に挑んでいる。
駅から歩いて10分ほどで、1885年(明治18年)に創業した須藤本家の杉玉をつるした店構えが見えてくる。看板銘柄「天乃原」は全国新酒鑑評会で何度も金賞に輝いた。久留里街道に面した直売スペースではそうした製品に加え、2020年8月に売り出した「房総ウイスキー」が琥珀(こはく)色に輝く。
ウイスキーの製造に乗り出したのは苦境打開のためだった。日本酒の消費が落ち込む中、売り上げを補うため約15年前にまず焼酎を作り始めた。千葉県産サツマイモのほか、むかごや自然薯(じねんじょ)、世界初だったというソバ100%など個性豊かな商品で知られたが、焼酎ブームも徐々に陰りが出てきた。
着目したのがハイボール人気で消費が上向いていたウイスキーだった。同じ蒸留酒であり、「焼酎の設備を生かせると考えた」と須藤正敏社長は振り返る。18年に県内第1号のウイスキー製造免許を取得。輸入原料を使った自社製モルト(大麦麦芽)に独自ルートで確保する英国産スコッチをブレンドし、3年をかけて商品化した。
決め手は敷地内の地下500メートルからこんこんと湧き、日本酒の仕込みにも使う自慢の天然水。甘く、くせのない香りですっきりした味わいに仕上げた。アルコール度数40度で700ミリリットル入りが2200円。県内を中心に想定を超す毎月約3000本が出荷され、リピーターも多いという。
「ウイスキーのヒットがなければ廃業していたかもしれない」。19年秋の房総半島台風は地域の観光業にも甚大な被害をもたらした。新型コロナウイルスの感染拡大による飲食店への営業制限が追い打ちとなり、日本酒の需要は一段と落ち込んだ。ブレンドなどを試行錯誤して販売にこぎ着けたウイスキーが期せずして経営を支えた。
今後は東京都内など県外にも問屋経由で販売を拡大していく。「値を崩さないように売っていきたい」。22年には100%自社製の高級ウイスキーの投入も検討し、日本製ウイスキーへの評価が高まるアジアなどへの輸出も思い描く。
久留里地区は戦国時代に房総を治めた里見氏が本拠地とした久留里城の城下町として栄えた。江戸中期に活躍した新井白石が育った地でもある。駅前の広場をはじめ至る所に水くみ場があり、住民に親しまれている。
乳酸菌などを含む「生きた水」は県内で唯一、環境省による平成の名水百選に入った。手近な材料と人力によって自噴井戸を掘り当てる「上総掘り」も一帯が発祥地。その技術は水不足のアフリカなどで再評価されている。5つの蔵元が集まる酒どころでもある。
(千葉支局長 真鍋正巳)
[日本経済新聞電子版 2021年10月14日付]
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