ニッポンの食卓に合う日本酒を 長野・諏訪の「真澄」
酒と祭りは切っても切れない関係だ。6年に1度の天下の奇祭、諏訪大社の「御柱祭」が今春開かれる長野県諏訪地域も例外ではない。冬には氷点下10度を下回ることもある冷涼な気候や、豊富で良質な水を生かした酒造りが昔から盛んだ。
諏訪大社の宝鏡に名前が由来する「真澄」の宮坂醸造(諏訪市)は今年で創業360年。現在も国内で多く使われている「7号酵母」の発祥の蔵であり、「最高の食中酒」を目指して伝統を受け継ぐと同時に、技術革新にも積極的に取り組む。
諏訪観光の玄関口、JR上諏訪駅から15分ほど歩くと、玄関に酒だるが積まれた建物が現れる。酒蔵と一体になった直営店「セラ真澄」だ。同社の酒や食器などをそろえる。駅から同社までの道程には「舞姫」「麗人」「本金」「横笛」という4つの酒蔵もあり、蔵巡りを楽しむ人も多い。
宮坂醸造は全国の酒蔵が競う鑑評会で1943年に1位をとり、広く知られるようになった。46年には上位を独占。秘密を探ろうと研究者らが訪れ、酒蔵から新種の酵母が見つかる。「きょうかい7号酵母」と名付けられたこの酵母は「醸造時の失敗が少なく、多くの人に受け入れられる味の酒ができる」(宮坂直孝社長)として、瞬く間に全国の酒蔵に広がった。
「真澄」も7号酵母を中心に酒造りを進めたが、吟醸酒ブームなどもあって2000年代以降は「華やかな味わいが出せる酵母をブレンドして使うようになった」。しかし、17年にある決断を下す。個性をより打ち出すための「原点回帰」だ。
とはいえ、一般的な7号酵母は使わない。スクリーニング技術を駆使して自社で選抜工程を繰り返し、「通常よりもややフルーティーさがあり、えぐみも少ない」といった特徴を持つ複数の「7号系自社株酵母」を生み出している。選抜は現在も続けており、今冬の酒造りでは95%の酒が7号系自社株酵母を使っている。
宮坂社長の祖父で7号酵母発見時の責任者だった故宮坂勝氏の口癖は「うまい食中酒を造ろう」。当時に比べて日本の食卓には肉や脂分を含んだ食事が増えた。宮坂社長は「現代の日本の食事に合う食中酒は酸味がある味わいが向く。酸を多めにつくる傾向がある7号酵母が最適」と話す。
一方、今冬の酒造りでは思いもよらぬことも起こった。冬季だけ販売する純米吟醸酒「あらばしり」の醸造工程で酒米が溶け過ぎ、くどい味になる懸念が生じたのだ。しかし、出来上がると「近年にない非常においしい酒になった」という。「まだまだ酵母の使い方がわかっていなかったかもしれない。技術改良に終わりはない」
宮坂社長は日本酒ツーリズムに強い関心を持つ。新型コロナウイルス禍で生産量が落ちていることもあり、現在は近隣の富士見町の蔵が酒造りの中心。「諏訪の蔵は将来的には酒造りを理解してもらうための施設にして、諏訪の酒ツーリズムを盛り上げたい」と力を込める。
(松本支局長 大林卓)
[日本経済新聞電子版 2022年2月10日付]
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