ひらめきブックレビュー

痛みはあっても異常なし? 「腰痛」治療が難しい理由 『腰痛世界の歩き方』

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在宅勤務の増加から運動不足になり、重い腰痛を患って転職した友人がいる。極端な例かもしれないが、厚生労働省の国民生活基礎調査によると、腰痛は自覚症状がある患者が最も多い病気らしい。老若男女を問わない病気で、治療を行う機関は開業医、専門医、大病院など多種多様だ。民間療法も多い。そのくせ治りにくく、試した治療法が効かないために、別の治療法を求めてさまよう「迷子」が発生しやすい。

そんな「腰痛世界」について、「疼痛学(とうつうがく)」という痛みの研究の視点から整理したのが、本書『腰痛世界の歩き方』だ。痛みの起きる仕組み、痛みの種類や治療法など、腰痛と付き合うためのガイドブックである。著者は山王整形クリニック診療所長を務める医師で、日本運動器疼痛学会理事の高橋弦氏だ。

脊髄は「支社」 脳は「本社」

そもそも「痛み」とは、「体で受け止め脳で知覚されたもの」だという。体にある神経の受容器が刺激をとらえ、それが脳に届いて意識され「痛み」が生み出される。脊髄は、各部分からの信号の強さ、広がり、持続時間を調整し、自動的に強めたり弱めたりして脳に伝えているという。

このような痛みが生まれる流れを、著者は、会社組織に例えている。痛みを検知する体組織は「事業所」、脊髄は「支社」、脳が「本社」にあたる。痛みとは、事業所の異常警報センサーがとらえた侵害刺激(事業所を損傷する可能性がある刺激)が、電気信号として本社に伝わり、本社にいる心、すなわち「社長」が気づいた、という流れで説明できる。

科学性や厳密性を損なう可能性を指摘したうえで、著者はあえて、多くの例え話を使って複雑な脳や心、痛みの仕組みを説明する。耳慣れない医学の専門用語が連なる解説より、こうした例え話のほうが感覚的に理解しやすい。

「主観的」な痛みと「客観的」な異常

腰痛治療に挑む際、知っておいたほうが良さそうなのが、患者が感じる「主観的身体」と、医者が見る「客観的身体」は別ものだということだ。

主観的身体についていえば、体がもつ警報システムは大ざっぱであり、脳は腰の骨の数や位置を知ることも、骨、神経、軟骨を区別することもできないという。つまり、患者は自身では痛みが発生している場所や原因をはっきりと特定できないのだ。

一方、医者は客観的身体の異常を磁気共鳴画像装置(MRI)などの画像によって発見できる。ただ、異常があっても痛みがない人もいれば、異常はないのに痛みがある人もいて、異常と痛みに「因果関係がある」とは言えないらしい。

読み進むうちに腰痛世界はますます複雑に思えてくる。患者はいったいどうすればいいのか。著者は、腰痛世界で迷子にならないためにも、自分がかかる腰痛の先生がどんな治療を得意とするのかを知っておくことが大切という。本書には、治療法別の詳しい解説もついている。腰痛持ちの人やその家族には、痛みへの理解を深め、治療法の選択や生活を改善する一助として、ぜひ参考にしていただきたい。

今回の評者 = 高野 裕一
情報工場エディター。医療機器メーカーで長期戦略立案に携わる傍ら、8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。長野県出身。信州大学卒。

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