※日経クロステックの記事を再構成

「買わない人=未顧客」を理解する初めての教科書『“未”顧客理解 なぜ、「買ってくれる人=顧客」しか見ないのか?』(2022年6月)。マーケティングサイエンティストであるコレクシアの芹澤連氏がエビデンスに基づいた未顧客理解の原理原則と、マーケティングで実践できるフレームワークを、マンガと図表で詳しく解説した書籍です。「未顧客理解」のエッセンスをお届けしている本連載。今回は「顧客理解」を根付かせる難しさを解説します。

 昨今、マーケティング業界では「顧客理解」が大きなテーマとなっています。「顧客にどう向き合うか」「顧客理解をビジネス成果にどのようにつなげていくか」が大きな課題となっているのです。一方、顧客目線や顧客主義を標榜しつつも、商品企画やコミュニケーション開発などの現場には顧客理解が浸透しておらず、「どのように手を付けるべきか分からない」といった悩みもよく聞かれます。

 そういった背景もあり、筆者が所属する会社にも「顧客理解を組織に浸透させたい」「顧客理解のトレーニングをしてほしい」という依頼が多く寄せられます。そうした依頼を受けてご支援をさせていただく中で、なぜ組織に顧客理解の文化を根付かせるのが難しいのか、どういった点に注意して進めるとうまくいきやすいのか、という経験値が蓄積されてきたので、いくつか紹介したいと思います。

「戦いに勝つ=売り上げが増える」ではない

 現在ではマーケティングという言葉が一般的になり、マーケティングの捉え方は十人十色です。例えば日本の経営層には、昔からランチェスター戦略や孫氏の兵法のような戦略論が人気です。企業トップの中には、こうした経営戦略論とマーケティングをほぼ同一のものとして捉えていらっしゃる方も少なくありません。また、企業トップに限らず、シェアを奪う、顧客を囲う、もしくは勝ち取るといった、“戦い”の概念を根底に持つ言葉も一般的に使われています。

 しかし顧客理解では(未顧客理解でも)、戦う/競うといった考え方はしません。そもそも現代のマーケティングは「戦いに勝つ=売り上げが増える」ではないからです。筆者は、海外の研究や論文で明らかになったエビデンスを現場のマーケターに届けることをライフワークとしていますが、競合より優れているからといって、カテゴリーに無関心だった非購買層が振り向いてくれたり、購買頻度が増えたりするといったエビデンスを見たことがありません。確かに市場シェアはゼロサムですが、顧客主義は競合との優劣や差異化でシェアを拡大するゲームではないので、「勝ち負け」にあまり意味はないのです。

 一方現場では、デジタルツールやソーシャルメディアを使った既存顧客の育成やアクティベーション(活性化)のことをマーケティングと思われている方が多くいらっしゃいます。これも少々、近視眼的な見方です。人間の生活はデジタルだけで完結しているわけではありません。にもかかわらず、デジタルデータで分かることが顧客理解、ツールを操作することが顧客体験の最適化と錯覚してしまうと、視野が狭いマーケティングになります。また、既存顧客を育成するだけでは事業成長を維持できないことも、オーストラリアのアレンバーグ・バス研究所や英国IPAの最近の研究で明らかになっています。

 マーケティングの捉え方は人それぞれですが、残念ながら「マーケティングとは顧客理解である」と捉える人はまだ多くありません。経営陣も現場も「顧客が最も重要である」という意識を持っているにもかかわらず、企業に顧客理解が浸透しないのはなぜでしょうか。

顧客理解や顧客体験を学ぶ/教わる機会が少ない

 まず、顧客理解や顧客体験を学ぶ機会があまり多くない、という点が挙げられます。有名なマーケターやビジネスリーダーの本などで成功事例を読んだときは「なるほど!」と思っても、いざ自分の仕事で再現するとなるとなかなか難しいものです。ツールやプラットフォームにはマニュアルやルーティンがありますが、顧客を理解して「新たな価値を生み出す」という仕事にはマニュアルがありません。

 一方、「こういうときはこういうデータを集めて、こういう見方をしたほうがいい」という気付きや経験は、暗黙知として個人に蓄積されます。つまり、再現可能な形式知として共有されにくいわけです。その結果、経験年数はある程度あるのに「販促はできてもブランドは育てられない」「ABテストはできても事業成長計画はつくれない」という状態になります。顧客の反応がイマイチでも、なぜそうなったのか、だからどうすべきなのかを顧客に立ち戻って考える引き出しがないので、戦略を組み立てられないわけです。

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