ひらめきブックレビュー

スリバチの地形が生む東京の魅力 街歩きは発想の宝庫 『東京スリバチ街歩き』

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全国的に有名な東京の地名の一つ「渋谷」。渋谷区の公式サイトによると、この地名の由来には諸説あり、その中に「渋谷川の流域の低地が、しぼんだ谷あいだったから」というのがある。これ以上の説明がなく「しぼんだ」の意味が不明瞭なのだが、「谷あい」という言葉と合わせて「スリバチ」のような地形をイメージできないだろうか。

実際、渋谷の街は、渋谷駅を底として、宮益坂、道玄坂といった坂が伸びており、訪れるとスリバチ状の地形を体感できるはずだ。実は東京の地形は凹凸が激しく、スリバチのような街がいくつもある。東京に四ツ谷、市ケ谷、谷中、赤坂、神楽坂、乃木坂といった「谷」や「坂」が付く地名が多いのもそうした特徴の表れだろう。

そんな東京のスリバチに魅せられ、「東京スリバチ学会」なる趣味の会を作り、会長を務めるのが、本書『東京スリバチ街歩き』の著者、皆川典久氏である。皆川氏は、建設会社で建築設計やインテリア設計に携わる傍ら、景観をデザインするランドスケープアーキテクトの石川初氏とともに同会を2003年に設立し、東京都内を中心にスリバチ状の谷間や窪地とその歴史や文化との関わりを探るフィールドワークを続けている。

本書はそうしたフィールドワークの記録であり、街歩きのガイドブックでもある。紹介されているのは、戸越銀座、赤羽、麻布十番、江古田、自由が丘、渋谷・代官山などの街を訪れたエピソードだ。

■坂上と坂下の「融合」が麻布十番の個性

麻布十番は港区にあり、商店街が丘に囲まれたスリバチ状の谷間に位置する。商店街から外れると、暗闇坂、鳥居坂、仙台坂、大黒坂、日向坂といった上り坂が待っており、坂を上るとそこは都内屈指の高級住宅地だ。各国の大使館が多く点在しているのも特徴で、瀟洒(しょうしゃ)で閑静な雰囲気を味わえる。

この「坂上の街」は、本書によると、江戸時代には多くの大名屋敷や武家屋敷が置かれた土地。大使館などは、明治時代にお屋敷の土地がそのまま利用された。閑静な街並みは、武家屋敷の面影を継承するものだというのが著者の見立てだ。

一方、坂を下った谷間の商店街の雰囲気は対照的だ。下町風情あふれるにぎやかな街なのだ。しかしながら、近くに大使館があるため、さまざまな国籍の異なる人々が行き交う。高級住宅地のハイソな住民に合ったオシャレなお店が、昭和をほうふつとさせる庶民的な商店と混在している。こうした「融合」が街の個性になっているといえる。

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