ひらめきブックレビュー

フィンテックからハッカーの手口まで 「決済」の全て 『教養としての決済』

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コロナ禍で、非接触の観点からモバイル決済を使い始めた方もいるだろう。現金は古くからある「決済」の手段だが、近年はクレジットカードからオンラインまで、決済の方法やツールは多様化した。銀行に加えリース会社などノンバンクの役割は大きくなり、フィンテック業界はベンチャーやテクノロジー企業の参入で盛り上がる。

決済はあらゆるビジネスにかかわるだけに、考え方や最新の事情を押さえておきたい。その歴史や仕組み、業界の動向などを網羅したのが本書『教養としての決済』(大久保彩訳/上野博監修)だ。著者のゴットフリート・レイブラント氏は国際的な決済ネットワークである国際銀行間通信協会(SWIFT)の元最高経営責任者(CEO)。ナターシャ・デ・テラン氏は元ジャーナリストで、SWIFTの元コーポレート・アフェアーズ責任者だ。

■決済はビジネスチャンス

ATMの支払手数料、クレジットカード加盟店のカード会社への手数料など、世界では日々「決済コスト」が発生する。諸説あるが、著者らはその額を年間1兆5000億ドルから2兆ドルと推計する。この市場は過去10年間に年率6%で成長しており、今後5年はこのペースが続くと見ている。

過去数十年間は国境をまたぐクロスボーダー決済が急増しているという。これには手間やコストがかかって不評だが、逆に言えば、迅速化や低コスト化を実現すればビジネスチャンスになる。

一例が、アイルランド出身のパトリック&ジョン・コリソン兄弟が2010年に起業した米オンライン決済大手ストライプだ。APIコールと呼ばれる仕組みを使い、Eコマース(電子商取引)を始める小売業者に独自のコードを提供する。このコードは、金額、通貨、支払い方法、領収書の送り先となるメールアドレス等を要求する。ECサイト上で購入者がそれらを入力すれば、承認の可否を通知し、承認された場合の決済処理も行う。国をまたいだ取引であっても、面倒な決済まわりをすべて処理できる画期的サービスで、同社の企業価値は22年7月時点で約740億ドルという。

■国家戦略や犯罪にも影響

決済の話は、国家の力や戦略にもつながる。例えば、米ドルの強さは米国の強さだ。公用語としての英語にあたる「世界標準」を、金融分野では米ドルが担う。米ドル決済の市場は流動性が高い。国際貿易の多くは米ドル建てで行われ、多くの国が外貨準備として米ドルを用意する。だからこそ、米国がグローバルな決済システムから一国を排除する「金融制裁」が、武器として機能し得る。

決済は犯罪の手口も変える。かつての犯罪組織は銀行から札束を盗み出したかもしれないが、いまや地球の裏側から某国の中央銀行のシステムを攻撃して不正送金をねらう。マネーロンダリング(資金洗浄)などの違法行為の手法も複雑化し、各国当局といたちごっこを続ける。

スマートフォンをかざして決済が完了する便利な日常は、高度なテクノロジーに支えられた、複雑でグローバルな決済システムの末端だ。その裏にある企業や国家の戦略・攻防にまで、本書は視野を広げてくれる。

今週の評者 = 前田 真織
2020年から情報工場エディター。08年以降、編集プロダクションにて書籍・雑誌・ウェブ媒体の文字コンテンツの企画・取材・執筆・編集に携わる。島根県浜田市出身。

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