軌道に乗るか 企業のデータ“販売” 第4回

花王は2022年2月、国内AI(人工知能)スタートアップのトップランナーとして知られるプリファード・ネットワークス(Preferred Networks、PFN)と共同で「仮想人体生成モデル」を開発した。性別、年齢、血液検査値、ストレスの状態、睡眠の状況など一部の項目(属性)のデータを入力すると、そのデータに該当する人間について、健康や生活に関連する1600項目以上のデータを推計して、出力する。花王はこのモデルを外部の企業に提供し、BtoC企業向けの新規のプラットフォーム事業として展開していく考え。仮想人体生成モデルの内容とそのビジネスモデルを解説する。

花王はプリファード・ネットワークス(Preferred Networks、PFN)と共同で「仮想人体生成モデル」を開発した(出所/花王)
花王はプリファード・ネットワークス(Preferred Networks、PFN)と共同で「仮想人体生成モデル」を開発した(出所/花王)

 花王が提供し始めた「仮想人体生成モデル」とは、健康診断などで得られる身体に関する項目から、ライフスタイル(食事、運動、睡眠など)や性格傾向、嗜好(しこう)性、ストレス状態、月経といった日常生活において関心の高い項目まで、幅広く多種多様な1600以上の項目(属性)を網羅的に備え、これらがどのようなパターンで現れるのかを推定する統計モデルのことだ。モデルの利用者(企業)がある項目のデータを入力すると、そのデータに該当する人間について、別の項目の推定データを傾向値として出力することができる。

 例えば、性別、年齢、身長、体重という誰でもそらんじることができる4つの項目(属性)をモデルに入力すると、「内臓脂肪面積(visceral fat area:VFA)の平均値は□□。標準値の範囲内に収まっている」「LDL(悪玉)コレステロールの平均値は□□。標準の上限値を上回っていて要注意」「赤血球中のヘモグロビンのどれくらいが糖と結合しているかを示す検査値『HbA1c』の平均値も□□。標準の上限値を上回っていて要注意」といった“傾向”が示される。現在、仮想人体生成モデルが対応しているのは224項目(属性)だが、2022年6月末には約1300項目(属性)、同年7月末には1594項目(属性)へと順次増やしていく。

1600以上の項目を備え、ある項目のデータを入力すると、その他の項目の推定値を傾向として出力できる(出所/花王)
1600以上の項目を備え、ある項目のデータを入力すると、その他の項目の推定値を傾向として出力できる(出所/花王)

データ外販ではなくデータを活用したモデル利用料で稼ぐ

 花王は仮想人体生成モデルを利用したい企業に対して、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)経由でモデルを提供し、その利用料を月額料金や実際にサービスを利用する消費者の人数などに合わせて課金するSaaSモデルを採る。「モデルを生成するために収集したデータを外部に販売することはしないし、利用企業がモデルに入力したデータを花王が収集・蓄積して活用することもしない」(花王デジタル事業創造部部長の鈴木愛子氏)。データの外販ではなく、データを活用してつくり上げた仮想人体生成モデルを幅広い企業に利用してもらい、その利用料を得ることでビジネスを成り立たせるのが狙いだ。

花王はモデルをAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)経由でBtoC企業に提供し、企業のユーザーに利用してもらう考え
花王はモデルをAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)経由でBtoC企業に提供し、企業のユーザーに利用してもらう考え

 利用企業は、自分たちの手持ちのデータを同モデルに入力して傾向値を入手する。あるいは自社のユーザーに自身のデータを入力してもらうことで自身の健康状態を認識してもらい、行動の改善につなげる、といった利用ができる。花王は現在、スマートフォンにインストールされたアプリを介してヘルスケアやライフケア関連のサービスを消費者に提供する企業を中心に、消費者の健康増進に取り組むスポーツジムのような企業や、消費者の心の動きを重視する結婚相談や占いといったサービスを提供する企業まで、同モデルを活用できる可能性があると考えている。

 例えば日清食品が、独自の加工食品技術を駆使して開発中の「完全栄養食」をさらに進化させるために、花王の仮想人体生成モデルを活用すると発表した。仮想人体生成モデルの活用によって、「完全栄養食」が利用者の健康状態に与える影響を利用者自身で具体的に把握することが可能になると考えた。将来は、食の好みやライフスタイルなどに関するアンケート項目や、毎日の快適な生活のために必要でありながら、これまで食との具体的な相関が見えにくかった肌の状態や体臭といった項目から、利用者の健康状態を推定し、「完全栄養食」のパーソナライズ化に応用していく計画だという。

 日清食品以外にも、NTTドコモをはじめ、「モデルを開発し検証を始めると公表した22年2月以降、既に100社以上と話し合いをした」(鈴木氏)という。幸先のよい船出であることは間違いないようだ。

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