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シスメックス会長兼社長 家次恒氏

シスメックス会長兼社長 家次恒氏

エリート街道をひた走る30代の大手銀行員が突然、兵庫・加古川の町工場へ。血液検査装置大手、シスメックス会長兼社長の家次恒氏(73)は義父が立ち上げた中小企業を引き継ぎ、血球計測で世界シェア首位のグローバル企業に成長させた。「頭を使わずに達成できてしまうような目標ではあかん」。20年以上にわたって会社を率いてきた経験から、リーダーにとってゴール設定がいかに重要かを説く。

――社長就任からの二十数年を振り返って、自らのリーダーとしての資質についてどう評価しますか。

「もともと楽観的な性格で物事を悲観的には考えない点は、適性があったかもしれません。『絶対できるんや』『これをするんや』と考えることはありますが、『これやったらあかんな』『こんなリスクがあるからダメやな』という発想ではないですね。リーダーは絶対に悲観的になったらいけません。社員にも『俺はついてるから大丈夫や』といつも言っています」

「思い返せば幼少期はいわゆるガキ大将的な存在で、前に立って集団を引っ張っていくようなタイプでした。後ろからとことことついていくような性格ではありませんでしたね。学級委員もやっていましたし、人前に出るのが好きな子でした」

――優れたリーダーには、どんな能力や資質が求められると考えますか。

「これからどんな時代になるのか、先を見通す勘やセンスが必要です。よく言われる話ですが、企業というのは一本足ではいけません。既存のビジネスとは別に、どんなビジネスを新たに作っていくか常に考えていく必要があるのです」

――何がきっかけでそう思うようになったのでしょうか。

「創業者かつ義父でもある中谷太郎さんの影響が大きいですね。東亜特殊電機(現TOA)で拡声器の事業が好調なさなか、米国出張で医療とオートメーションに可能性を見いだし、東亜医用電子(現シスメックス)を立ち上げました。ちょうど日本では健康保険制度が整備され始めた時代、ノウハウもない中で自前の研究室を作り国産初の血球計測装置を開発したのです。まさに今で言うベンチャースピリットです。中谷氏の娘さんと結婚してから、色々な意味で学ばせてもらいました」

「三和銀行時代に秘書として仕えた川勝堅二頭取からも学びました。1980年代当時に『これからはアジアが来る』と、いち早く見抜くセンスとバランスを兼ね備えていましたね。世間をにぎわすニュースについて『君はどう思う?』なんて聞かれることも多く、緊張したのを今でも思い出します」

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