ひらめきブックレビュー

「脱成長」は禁煙と同じ 4人の「時の人」が語る未来 『天才たちの未来予測図』

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

アカデミックの世界にも、マスメディアで見かけることが急に増えるような「時の人」がいる。本書『天才たちの未来予測図』は、そうした4人のインタビューを集めた一冊。日本経済新聞社とテレビ東京コミュニケーションズが立ち上げたユーチューブ番組「日経テレ東大学」がもとになっている。

登場する「天才たち」とは、イェール大学助教授で『22世紀の民主主義』著者の成田悠輔氏、東京大学准教授で『人新世の「資本論」』がベストセラーの斎藤幸平氏、経済学者で東京大学マーケットデザインセンターセンター長の小島武仁氏、小児精神科医でハーバード大学医学部助教授の内田舞氏の4人のことだ。それぞれが、専門分野の話を中心に過去の経験やこれからの社会を語っている。編著者の高橋弘樹氏はテレビ東京プロデューサー・映像ディレクター。

成長をあきらめるとつらいか

どのインタビューもざっくばらんで、一般人にもわかりやすい。例えば、斎藤氏は著書とは異なる砕けた調子で、格差と環境問題を同時に解決する「脱成長」について持論を説いている。無理に成長を目指すのではなく、富を循環させて最低限のサービスを無償でみんなに提供していくような社会を目指すべきだ、という主張だ。

「脱成長」を実現しようとすると、不便になることも出てきそうだ。例えば、郊外にあるコンビニエンスストアは24時間営業ではなくなるかもしれない。そうした変化を受け入れることは、成長に慣れた人々にはつらいことなのではないか。斎藤氏はこれを「禁煙」にたとえる。たばこを完璧にやめた人は、「お金を使っていた」「周囲に嫌がられていた」など、たばこの悪い面に気付いて「なんで吸っていたんだろう」と思うようになる。脱成長もそんな感じになるというのだ。

変わらない日本社会のバイアス

内田氏は三男を妊娠中に新型コロナワクチンを接種した体験を発信して注目された。専門は子どもの心や脳の科学で、自らの育児でも実践する子どもの心のケアの話は参考になる。新型コロナウイルス禍で心のバランスを崩す子どもは、「今の気持ちを言葉にしてみよう」などと大人が一緒に考えることで、ネガティブな感情との付き合い方を学ぶという。

米国から見る日本社会の話も興味深い。「医者は女性には向いていない」と言われるなど、社会から求められる女性像に違和感を持ち、内田氏は日本を飛び出した。渡米から10年以上がたちワクチンに関する発信をしたところ、「もっと母親らしく振る舞っては」などとバイアスのかかったコメントが多数届き、日本社会は変わっていないと実感したそうだ。私自身が偏見に慣れてしまってはいないかと、突き付けられた気がした。

「天才」たちからは、不登校の経験、バンドを組みたかったけれど高音が歌えずに挫折した過去などプライベートな話題も飛び出し、口語体だからこそ伝わる人となりに親近感がわく。彼らの理論や主張をとっつきにくいと感じている方がいるならば、まず本書を手に取ってみていただきたい。

今回の評者 = 前田 真織
2020年から情報工場エディター。2008年以降、編集プロダクションにて書籍・雑誌・ウェブ媒体の文字コンテンツの企画・取材・執筆・編集に携わる。島根県浜田市出身。

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

閲覧履歴

    クリッピングした記事

    会員登録後、気になる記事をクリッピングできます。