客観視と初心の大切さ 世阿弥の言葉、能楽で染みつく日本M&Aセンター 分林保弘会長(上)

日本M&Aセンター会長 分林保弘氏

日本M&Aセンターの分林保弘会長(78)は観世流シテ方の能楽師の家に生まれた異色の経営者だ。1991年に同社を設立し、中小企業のM&A(合併・買収)仲介業という新領域を開拓した。分林会長はリーダーに必要な資質を、世阿弥の言葉になぞらえて「観客の立場になって自分を客観的に捉えること」と説く。独自の観点で課題と向き合い、事業承継などに悩む中小企業を後押ししてきた。

――世阿弥の言葉を大切にされています。経営に通じるものがあるのでしょうか。

「リーダーには自分を客観的に見る力が重要です。世阿弥の著書『花鏡』に『離見の見(りけんのけん)』という言葉があります。離見とは客席から舞台を見るという意味です。世阿弥は演じるとき、常に自分の踊りがどう見られているか、それを意識しながら能を舞っていました。自分や会社が人や社会からどう評価されているのか、冷静に捉え客観視できる力がリーダーにはまず求められますね」

「もう一つ大事な言葉が、『初心忘るべからず』です。これも『花鏡』の言葉ですが、リーダーの資質を言い当てています。この言葉は誤解されることも多いのですが、時代や状況の変化に応じて柔軟に物事にあたることの大切さを説いています。老境に入れば入ったで求められる『初心』というものがある。常にリーダーは環境変化に対応していくことが重要です」

――世阿弥の言葉に出合ったきっかけは何ですか。

「能楽師だった父は2003年、94歳で亡くなる4日前までけいこをつけていました。亡くなったその日も半年先の会の打ち合わせをした直後に手を合わせ『南無阿弥陀仏』と2度唱え、そのまま世を去ったような人です。1年中ほとんど休まず能楽にささげた一生でしたが、そんな父のもとで私も小学校時代から能楽に明け暮れ、世阿弥の言葉が身に染みついているのです」

能の舞台に子方として立つ分林会長(前列)

――起業は学生時代からの夢だったのですか。

「立命館大学時代に渡米した経験が『よし、自分の会社を起こそう』という決意につながりました。もともと日本の大企業でおとなしく勤め上げるだけでは物足りないと考えていました。大学では父の影響もあって能楽部に入部し、3年生で部長になりました。一方で高校の山岳部時代の先輩がアンデス山脈への遠征を計画していたことなどに触発され、自分も米国に行ってみたくなったのです」

「そこで米国の大学で能楽を紹介する公演を企画しました。大学総長や京都市長などからも一筆取り付け、能楽部の公式派遣団として米国の約30校から招いてもらったのです。渡航費用はアルバイトに加えてOBや部員からカンパを募り、何とか賄いました」

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