自分がやりたいことは諦めない

カリコ氏が研究者として駆け出しだった1980年ごろ、出身地・ハンガリーは社会主義政権下にあった。経済は停滞し、研究資金を得られなくなって、勤めていた研究機関から追い出された。そこで彼女は、唯一仕事のオファーがあった米テンプル大学に向かう。当時、ハンガリーから米国に持ち出せる外貨の上限は米ドル換算で100ドルだったので、彼女は娘の子グマの人形「テディベア」の中に1000ドルを忍ばせ、渡航した。

そうして米国で再出発するも、当時はまだ「やっていることがあまりに斬新すぎて、お金をもらえなかった」とカリコ氏は本書で振り返る。しかし、自分の仕事は「必ず誰かの役に立つ」と信じ、助成金を得るために申請書をしたためた。面倒な作業であるだろう申請書の作成すら「実験について見直せるいいチャンス」と積極的に取り組む彼女の姿勢には、我々も学ぶべきところがあるはずだ。

ノーベル賞候補ともいわれるカリコ氏だが、たたえられるべきは医療従事者や生活に不可欠なエッセンシャルワーカーで、自分は「好きなことを続けてきただけ」と控えめだ。彼女の功績に感謝するとともに、どんな状況でも前を向き続ける、その生き様に感化されずにはいられない。

今回の評者 = 高野裕一
情報工場エディター。医療機器メーカーで長期戦略立案に携わる傍ら、8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。長野県出身。信州大学卒。

世界を救うmRNAワクチンの開発者 カタリン・カリコ (ポプラ新書 ま 1-2)

著者 : 増田 ユリヤ
出版 : ポプラ社
価格 : 1,045 円(税込み)