「推し」が幸福への近道 日本的ウェルビーイングの本質『むかしむかし あるところにウェルビーイングがありました』

いきなり若者言葉で恐縮だが、あなたには「推し」がいるだろうか。推しはアイドルに対して使われることが多く、ファンとして応援する対象を指す。尊敬する作家や歴史上の人物、あるいはわが子であっても構わない。自分以外の大切なもの、さらには「自分以上」に大切に思う対象が推しといえる。

推しを持つことが「ウェルビーイング(Well-being、心身の健康や幸福)」につながると指摘するのが本書『むかしむかし あるところにウェルビーイングがありました』だ。ウェルビーイングの定義はさまざまだが、本書には「『満足』と『幸福』が揃えばおおむねウェルビーイングといえる」との記述がある。

著者の石川善樹氏は予防医学研究者、医学博士。公益財団法人Wellbeing for Planet Earth代表理事を務める。吉田尚記氏はニッポン放送アナウンサー。本書は両氏が出演するポッドキャスト番組をもとにしており、昔話などの日本文化から、ウェルビーイングの本質を探っている。

「する」よりも「いる」に価値を見いだす

推しがウェルビーイングにつながるとはどういうことか。石川氏は、それを説明する前に、『古事記』に登場する神々の中に、いてもいなくてもいいような神がいるという事実を持ち出す。例えば、天と地ができる時に出現するアメノミナカヌシという神は、最初に出てきただけでその後二度と現れず、何のための神なのかさっぱりわからない。

石川氏は、「いてもいなくてもいい」は裏返すと「いるだけで価値がある」ということだとして、日本人に「する(doing)」よりも「いる(being)」を優先する価値観があると指摘する。

現代のアイドルを推す人たちは、その対象が「いる」ことだけで満足する傾向にあるそうだ。アイドルグループを「卒業」したりすると推しを辞めてしまう人もいるが、それは推しがグループに「いる」ことに価値を見いだしていたからだろう。

ただ「いる」対象を推し、自分も「推す」行為をする主体として「いる」だけでいい。そのことに満足と幸福を見つけられれば、それがウェルビーイングの状態といえるのではないか。それが著者らの主張なのだと思う。

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「もとの地点に戻る」のが昔話の特徴