ひらめきブックレビュー

なにもしないロボットの可能性 孤独癒やす存在を考察 『人に優しいロボットのデザイン』

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ビジネスや生活の中で、ロボットを目にする機会が増えた。工場の組み立て作業など物質的な豊かさを提供するロボットに加え、高齢者の見守りなど、精神的な豊かさをもたらすロボットの需要も増している。

本書『人に優しいロボットのデザイン』は、人の心を支え勇気づけるロボットの実現に向けた考察を、心理学、脳科学、哲学などの知見を交えてまとめている。本当に「優しい」とはどういうことかなど、コミュニケーションロボットを通じて人の心のあり方をも考えさせる一冊だ。著者の高橋英之氏は、大阪大学大学院基礎工学研究科の特任准教授。

■ユーザーの人生に寄り添うロボット

著者が人に優しいロボットについて考察を深めるきっかけは、ツイッターなどで話題を呼んだ「レンタルなんもしない人」(以下、レンタルさん)だった。有償で依頼を受け、人数合わせや、1人で足を運びにくい場所についていくなど、いわば「何もしない」役割を果たすのがレンタルさんだ。

従来の「人が何かをする」サービスは、サービスを提供する側とされる側の関係が明確だった。一方のレンタルさんは「何もしない」ので、依頼者は彼に自分が望む関係性を担ってもらえる。著者はそれまで、万人に役立つロボットに「何をさせるべきか」を考えていたが、レンタルさんの活躍を知って「何もしない」ロボットの可能性を考えるようになった。

目指すロボットは、ユーザーの人生に寄り添い、常にユーザーに「他者から受容されている」という感覚を提供し続けるものだ。つまり、工学的な愛の実現であり、「人工知能(AI)」ならぬ「人工あい」と表現される。

■「独りではない」がもたらす勇気

本書では、「人工あい」を持つロボットの研究の過程で生まれた知見や具体例が紹介される。例えば、著者が指導する学生は、研究の中で「FinU」(Friend in You)というシステムを開発した。ユーザーが「FinU-box」に左手を差し込むと、ディスプレー上で手の甲に目と口が表示される。キャラクターの「レフティ」だ。レフティは言葉を発するほか、その瞬きや口の動きに連動してユーザーの左手に触覚刺激が与えられるため、ユーザーはレフティが憑依(ひょうい)した感覚になるという。外出する際は、左手に「FinU-band」を装着する。こちらは触覚への刺激のみだが、事前に繰り返しレフティを見て声を聞き触覚刺激を受けていると、触覚だけでその存在を感じられるという。

人々が家族の写真やお守りを携帯するように、「独りではない」と思えることが行動を後押しすることがある。著者は将来、人々がロボットと触れ合い、その存在を意識することで勇気を得てほしいと述べている。

レフティを連れていれば、気の進まない通院や、初めて1人で入る居酒屋などにも行きやすくなりそうだ。鉄腕アトムやドラえもんには届かなくても、「人工あい」を持つロボットが孤独を満たし、勇気を与えてくれることは十分にありそうに思える。本書から、ロボットの可能性と心のあり方について考えてみていただきたい。

今回の評者 = 前田 真織
2020年から情報工場エディター。08年以降、編集プロダクションにて書籍・雑誌・ウェブ媒体の文字コンテンツの企画・取材・執筆・編集に携わる。島根県浜田市出身。

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