感染症と人類の歩み知る3冊 社会進歩させる契機にも

人類と感染症の歴史をまとめた本が相次いでいる

新型コロナウイルス感染症が日本で確認されて1年10カ月、人々は感染防止のためにウイルスの知識を身につけてきた。関心が高まったこの機を逃すまいと、人類と感染症の歴史を紹介する本の出版が続いている。

ペストのパンデミック(世界的大流行)はモンゴル軍による広大な地域の支配が引き金となり、14世紀の欧州での流行時にはデマによりユダヤ人の大虐殺が起こった。幕末の日本では黒船来襲後にコレラが流行し、国民の心情は攘夷に傾いた。『世界史を変えたパンデミック』(小長谷正明著、幻冬舎新書)はこんな事例を紹介し、感染症が歴史をどう動かしてきたのかをまとめている。

後半は人類と感染症の闘いを医学者の視点で記した。例えば、天然痘で娘を亡くしたスペイン国王カルロス4世は19世紀初め、ジェンナーが開発した種痘を植民地の人々に無償で施す使節団を派遣した。痘苗として数十人の孤児を連れた使節団はアメリカ大陸からアジアへ渡り、最終的に世界を一周した。旧大陸の感染症を新大陸に持ち込み、多くの人命を奪った欧州のもう一つの顔だ。

社会経済史の観点で人類への影響をまとめたのが『感染症はぼくらの社会をいかに変えてきたのか』(小田中直樹著、日経BP)。例えば、14世紀の欧州ではペストの流行で多くの農奴が死亡し、人手不足が農民の社会的地位を上げていった。19世紀には結核が流行する原因が工場での劣悪な環境にあるとして労働条件の改善が進んだ。英仏では児童労働が禁止され、子どもは工場労働力から学校で教育を受ける存在に変わっていった。

8月に出版された『時を漂う感染症』(新垣修著、慶応義塾大学出版会)の副題は「国際法とグローバル・イシューの系譜」。感染症が国際協調にどんな影響を与えてきたのかを振り返る。1851年にパリで第1回国際衛生会議が開催されて以降、主要国は貿易・交通の阻害要因を最小化する目的で検疫など感染症の拡大を防ぐ国際規範をつくった。1980年代以降に健康や命の保護という使命が加わり安全保障や人権保護の視点も含むグローバル・ガバナンス化に向かい始めた。

パンデミックは多くの悲劇を生む。一方で歴史を振り返ると、社会をよい方向に進歩させる大きなきっかけになった例も少なくない。新型コロナが自国優先主義の台頭などで世界に分断と混乱をもたらすのか。それとも人類は新たな進歩を手にするのか。答えはまだみえない。(編集委員 柳瀬和央)

[日本経済新聞2021年10月30日付]

世界史を変えたパンデミック (幻冬舎新書)

著者 : 小長谷 正明
出版 : 幻冬舎
価格 : 880 円(税込み)

感染症はぼくらの社会をいかに変えてきたのか

著者 : 小田中直樹
出版 : 日経BP
価格 : 1,760 円(税込み)

時を漂う感染症:国際法とグローバル・イシューの系譜

著者 : 新垣 修
出版 : 慶應義塾大学出版会
価格 : 2,970 円(税込み)

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