スターバックスはなぜ居心地がよいのか。接客の神髄をひもとく連載第1回。スターバックスには2年に1回開催される社内競技会「コーヒーアンバサダーカップ」がある。店舗で働くパートナー(従業員)が接客やコーヒーに関する知識やスキルを競うものだ。2021年にコーヒーアンバサダーに選ばれたのは当時入社8年目の望月芳美さん。来店客と言葉を交わすわずかな時間でスターバックスのミッションである「豊かさ」や「活力」を届けるために心掛けていることとは。

 2021年10月、スターバックスコーヒー ジャパン(東京・品川)に17人目となる“茶色いエプロン”が誕生した。茶色いエプロンとは、4万人のパートナーの中から、たった1人の「コーヒーアンバサダー」に与えられる特別な証だ。

 2年に1回開催される社内競技会、「コーヒーアンバサダーカップ」。21年の大会では、コーヒーの専門知識を有するブラックエプロン保有者の中から東日本、中日本、西日本、スターバックス リザーブ ロースタリー 東京での予選会を経た4人のファイナリストが一堂に会し、(1)接客スキル──店舗接客を想定したコーヒーの提案と、(2)ビバレッジの創作性や完成度──ストーリーを込めたエスプレッソビバレッジやラテアートの作成を、水口貴文CEOら審査員14人の前で競った。

 頂点となる17代目のコーヒーアンバサダーに選ばれたのは、東日本リージョン南東京エリア代表の望月芳美さん。入社後、6店舗を経て店長職に就いた。

東日本リージョン南東京エリア代表の望月芳美さん。茶色いエプロンは「エスプレッソ ロースト」のコーヒー豆で染めている
東日本リージョン南東京エリア代表の望月芳美さん。茶色いエプロンは「エスプレッソ ロースト」のコーヒー豆で染められている

 望月さん自身、学生時代にスターバックスでアルバイトをしていたわけでもコーヒーを飲みに通っていたわけでもない。東京都葛飾区の商店街に生まれ、店を切り盛りする祖母を見て育った。損得勘定抜きで人と付き合い、多くの人に慕われる祖母の姿に憧れた。望月さんも隣の精肉店の子供を「弟分」と呼ぶなど、近隣の子供や動物を世話するのが好きだった。大学では、「子供や動物、自然など声なき存在を守りたい」という理由で環境学を専攻。祖母のように「接客業で人に元気を与えたい」という思いと、企業の社会的責任(CSR)活動に精力的に取り組む企業で働きたいと、スターバックスの入社試験を受けたという。

 望月さんが初めてスターバックスのミッションを目にしたのは就職活動中だ。

「人々の心を豊かで活力あるものにするために―
ひとりのお客様、一杯のコーヒー、そしてひとつのコミュニティから」

 店に行くと、「人々の心を豊かで活力あるものにする」というミッションが感じられるような店員の対応だった。「人に元気を与えたい、と考えてきた自分と似た価値観の人がいる会社だと思った。私にとって『絶対正解』と確信した」(望月さん)

 入社後、ミッションへの理解をどう深めたのか。

接客マニュアル代わりの「体験」で学ぶ

 スターバックスに入ると、最初の研修で学ぶのが「ミッション&バリューズ」だ。

 ミッションはどうやって浸透していくのか。スターバックスには接客マニュアルがないことも、「浸透」を促す理由の1つだろう。自分の目で見て感じ、理解し、先輩パートナーの姿をまねることから始まる。

 望月さんの原体験は、最初に配属された東京・恵比寿の店だ。店長の「ぺぺさん」を見ていると、来店客の個性や名前を把握するなど、「一人一人のお客様とのつながりをものすごく大事にしているのが分かった」(望月さん)。よく出てくる単語が「豊かさ」や「活力」だったという。また、表情や背筋まで「1杯のコーヒーを通じてお客様に何を届けられるか」を考えていることが伝わってくるなど「ノンバーバル(非言語)な面から学ぶことが多かった」と振り返る。

 望月さんが驚いたことがある。非の打ち所のない店長が休憩所のバックルームでは「パートナーからすごくいじられていた(笑)」こと。「バックルームでは抜けていてかわいらしいところがあった。なんだか犬みたいな『ぺぺ』というニックネームを付けられて、みんなからとても慕われていた」(望月さん)

 格好つけず、そのままの自分を出していい。親しみやすさは人との距離感を縮めてくれる。こうしたぺぺさんの店での経験が、望月さんが提供する「顧客体験」につながっている。

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