米ファスト・カンパニー

これまでの米アップルの歴史に照らしてみると、アップルは現在、メタバースと呼ばれている事象について、「メタバース」という言葉を使わない公算が大きい。実際そうなれば、この言葉自体が立ち消えるかもしれない。

米アップルが目指す「メタバース」は、米フェイスブック(現メタ・プラットフォームズ)などが目指すVR(仮想現実)ベースではなく、AR(拡張現実)をベースにしたものとみられ、また独自のネーミングでブランディングを構築してきたその歴史に照らしてみても、同社が「メタバース」という言葉を使わない可能性は高まっている(出所/Shutterstock)
米アップルが目指す「メタバース」は、米フェイスブック(現メタ・プラットフォームズ)などが目指すVR(仮想現実)ベースではなく、AR(拡張現実)をベースにしたものとみられ、また独自のネーミングでブランディングを構築してきたその歴史に照らしてみても、同社が「メタバース」という言葉を使わない可能性は高まっている(出所/Shutterstock)

 米フェイスブック(現メタ・プラットフォームズ)の経営幹部らは2021年に、「メタバース」という言葉を盛んに宣伝し始めた。同じ年に、この技術のコンセプトを軸として社名まで変更している。

 だが、MR(複合現実)技術の先行きを見たとき、今はまだ序盤戦で、我々の将来の仮想体験を形作るうえで大きな役割を担うと予測される企業の一部は、まだグラウンド(=戦いの場)に立ってもいない。

 この「まだ戦いの場に立ってもいない」企業の中には、米アップルも入っている。筆者の考えでは、主流派のユーザーを仮想空間や仮想体験に誘う絶好の位置につけている会社だ。アップルが現在、AR(拡張現実)グラスの開発に取り組んでいることは公然の秘密であり、開発が進むに従い、詳細が噂として少しずつ明らかになってきた。

 アップルのMRハードウエアについては、その一番の情報源であると目されている米ブルームバーグのマーク・ガーマン記者と著名アナリストのミンチー・クオ氏はどちらも、アップルの初代AR・VR(仮想現実)ヘッドセット(1台3000ドル[約42万円]もするようなハイエンド端末)が、早ければ23年初めにも発表されると予想している。

 ガーマン氏は、アップルが既に、その後登場するだろう軽量で安価な「グラス」のデザインにも精力的に取り組んでいると考えている。両氏とも、アップルはAR、VR体験の双方ができるMR端末も開発していると見ている。ここでいう双方とは、現実世界を遮断する完全にバーチャルな体験だけでなく、ユーザーの目の前の現実世界を拡張する体験もできるということだ。

 アップルがいつMRに打って出るとしても、同社自身のこれまでの歴史に照らしてみると、本社クパチーノ(カリフォルニア州)のマーケティング担当幹部らが「メタバース」という言葉を完全に避ける可能性がかなりある。それが起きたら、かつての「情報スーパーハイウェー」や「ビデオフォン」と同じように、この言葉は廃れるかもしれない。

すべてをブランディング

 アップルは自社が開発した商品やサービスに、独自の“ブランド”を付けることを好む。すべてのソフトウエア、ハードウエア、そしてこれらの商品に搭載された多くの機能に名前を付ける。そこでは既によく知られている言葉を頼りにしない。例えば「iPhone」の顔認識技術は顔認識と呼ばれず、「Face ID」と呼ばれた。Face IDを可能にするカメラセンサーシステムは「TrueDepth」と呼ばれた。音楽配信サービス「Apple Music」のサラウンド音響は標準的なドルビーアトモス技術を使っているが、アップルワールドでは、このプロダクトは「Spatial Audio」と呼ばれる。

 アップルは、自社で設計している半導体にもブランドを付ける。ガーマン氏は最近、アップルが「Reality Processor」という用語を商標登録したと報道した。これは近く誕生するアップルARプロダクトに搭載される半導体の名前かもしれない。同社は「Reality One」と「Reality Pro」も商標登録しており、これらがアップルのARグラスの名前になるのかもれない。

 アップルはただ単に、既にパブリックドメイン(公共財産)になっているという理由で、メタバースという言葉を採用しないだろう。むしろ仮想空間を指す独自の言葉を採用するか、あるいはどんな用語も一切使わない可能性が高い。

NIKKEI STYLE

39
この記事をいいね!する
この記事を無料で回覧・プレゼントする