国の不妊予防のパッケージ ヘルスケア支援ではダメ?
アーティスト・スプツニ子! ダイバーシティ進化論
厚生労働省や文部科学省などが7月、「不妊予防支援パッケージ」を発表した。働く女性の半数弱は生理にまつわる不調があっても、婦人科に行かない。中高生女子も生理痛や月経前症候群(PMS)があってもほとんどが受診していない。こうした課題を踏まえ、女性の健康に関する情報発信を強化したり、健診のあり方を研究したりするという。
パッケージは賛同できる内容だ。経済産業省によれば、生理やそれにまつわる不調が原因の労働損失は年間4911億円にのぼるという。労働の場だけではない。多くの女子には入試や試合など真剣勝負の日に生理が重なると力をフルに発揮できないという悩みがあるだろう。女性の生活の質を改善するとの観点から、ぜひ支援を進めてほしい。
だが、名称が不妊予防支援でよかったのかは疑問が残る。「女性は出産する」と決めつけていないか。子どもを産むかどうかは国家に決めてもらうものではない。特に公的な教育にこの名称が入り込むのは違和感がある。学校健診の調査票に生理の不調を記せるようにし、婦人科へつなぐことを検討するというが、一歩間違えれば「産めよ殖やせよ」のメッセージになってしまう。
本来なら「女性のヘルスケア支援」でよかったと思う。不妊予防という事業名が通ってしまうのは、医療や政治の意思決定を男性ばかりが担っているからではないか。生理による不調は男性に理解されづらいが、「不妊予防と銘打ち、少子化対策の一環という男性にもわかりやすい物語をつくれば受け入れられる」との思惑が省庁側にあったのでは? と考えてしまった。
人間はさまざまな医療技術を進歩させ、生活の質を改善してきた。ところが、生理やつわりといった女性特有の症状は放置されがちだ。英ガーディアン紙の報道によれば、女性の9割に出るPMSより、男性の2割が経験する勃起障害(ED)の方が研究は5倍も多い。当事者の苦しさが意思決定層の男性に理解されやすいかどうかで、生活の質が左右される現状がある。
もちろん、妊娠・出産に適した年齢があることを若いうちから知っておくのは大事だ。その際にも女性の選択肢を増やすという視点を大切にしたい。そして産んでも産まなくてもどんな人も幸せに生きられるのが豊かな社会だ、という前提を改めて共有したい。
アーティスト、東京芸術大学デザイン科准教授。インペリアル・カレッジ・ロンドン数学科、情報工学科を卒業後、英国王立芸術学院(RCA)デザイン・インタラクションズ専攻修士課程修了。RCA在学中より、テクノロジーによって変化していく人間の在り方や社会を反映した映像インスタレーション作品を制作。2013年マサチューセッツ工科大学(MIT) メディアラボ 助教に就任。その後、東京大学生産技術研究所特任准教授を経て、19年から現職。
[日本経済新聞朝刊2021年10月18日付]
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