日経産業新聞

「(DX職種で)経験者のみを募集していると、未経験者はずっと未経験のままになってしまう」(ベネッセコーポレーションの後藤礼子人財本部長)。実際に実務に関わってもらい、経験しながらスキルを習得させる考えだ。ベネッセでは一時的なインターン制度なども設けている。

学び直しそのものを支援する人事制度の開発にも取り組んでいる。2022年4月、新たな人事制度として「リスキル休暇」を導入した。学習を目的とした有給休暇を年間3日間与える。学習にかかる費用は10万円まで会社が負担し、学び直しを後押しする。

「DXに関わらず、学びたいけれど時間が取れないという社員は多い」と後藤氏は指摘する。実際、社内で開いた座談会でも「学ぶ必要は感じているが実際は目の前の仕事で手いっぱいになってしまう」「日中は業務が立て込むので、集中して学ぶ機会がほしい」という声が挙がったことから、新制度の導入に踏み切った。

ベネッセはオンラインの習い事サービスを始めている

DX推進に向けて21年春には新たな組織「デジタルイノベーションパートナーズ(DIP)」も立ち上がった。DIPはデジタルや人事など複数の部門を統合した横断組織で、専門知識やスキルを持つ人材が所属する。

DIPの社員は社内のさまざまな事業現場に派遣され、案件ごとに事業に携わる。DIPを統括する橋本英知専務執行役員は「社内コンサル的な立ち位置だ」と話す。そのため、教育や介護など複数の事業を兼務する人もいる。

DIPが生まれたことで、社内で新たな働き方も生まれた。従来は「進研ゼミ事業に携わる社員が介護事業に携わることはほぼ皆無だった」(橋本氏)。だが、DIPでは様々な事業を経験することができる。これによって、各事業に新たな気づきをもたらす上に、社員個人の成長機会にもつなげられる。

採用にもプラスの効果をもたらしている。高度なスキルを持つIT人材は、IT企業に在籍して様々な案件を手掛けることでスキルを高める傾向があり、「1つのことしか取り組めない事業会社には定着しにくい」(橋本氏)とされていた。だがDIPなら様々な事業に関われると、求人でアピールできる。

急速にDXを進めてきたベネッセHDだが、ITはあくまでツールであることにこだわっている。例えば介護施設で効率化だけを考えれば、カメラやセンサーを数多く設置すれば済むという話になるからだ。仕事の負担を減らし、職員が働きやすくすることはもちろん必要だが、効率化により、人にしかできないサービスに力を注げるようにすることが重要だ。「職員が一生懸命取り組む姿勢や気持ちは入居者に必ず伝わる。それはカメラやセンサーでは決して代替できない」と橋本氏は話す。

同社が手掛ける教育や介護の業界はますます変化が激しくなることが想定される。教育も介護事業も、人と向き合うビジネスであることは共通する。DX化は手段として使い、利用者の満足度をどう高めるか。満足度向上という成果が求められる。

■「全社員がデータを見て仕事」
グループ社員対象にリスキリングに取り組み始めたベネッセホールディングス。狙いについて同社のDX推進を担う橋本英知専務執行役員に聞いた。
ベネッセHDの橋本英知専務執行役員
――ベネッセHDがDXを進めるきっかけはなんでしたか。
「数年前から取り組みを始めていたが、新型コロナウイルス禍に入り、全事業でDXが必要になったことが大きい。例えば教育事業では学校や塾が休校になり、対応せざるを得なくなった。こうした状況の中で、以前から言われていた『GIGAスクール構想』なども急激に進み、事業環境も大きく変化した」

――DXを進めるにあたり、どのようなことから始めましたか。
「まずはどういう人が必要なのか、どれくらい人が足りないのかを知ることにした。それがわからないと集めるのも難しい。もちろん外注すればいいという話もあるが、外注には課題も多い。品質を上げにくいことや、トラブル時に自分たちで対応できないこと、改善のスピードが上がらないことなどだ。あくまで内製化することが大事だと考えて、まずは人材の定義から始めた。体系化には2年くらいかかった」

――DX人材の育成で課題はありますか。
「当初は温度感をつくるのが難しいと感じていたが、コロナ禍をきっかけにその部分は解消されてきた。今抱えている現実的な課題は、教える人をつくりきれていないということだ。中途や社内を含めてある程度の人の配置はできたが、その次の育成に取り組めていない。育成には手間がかかるのでその部分が課題だ」
「教える時間をどう効率化するかを考えて研修を内製化した。現在、全社員向け研修の約6割を内製化している。社員が講師を務め、自分が現場で取り組んだ仕事の経験を一つの事例として紹介してもらう研修だ」

――高度なスキルを持つ社員も増えました。
「データサイエンティストのような高度なスキルを持つ人がデータを引っ張り出す作業をする。他の人たちが見られる環境をつくるところまで担当する。それによって誰でも最低限見なければいけないデータを見ながら仕事ができるようになる」
「だが、そのデータを活用するための最低限のリテラシーは全社員に持ってもらわなければならない。例えるならば、自転車しかない社会に車が登場した際、全員が車を運転する必要はないが、車がどういうもので、どういうメリットがあるのかは全員知る必要がある」

――DXの推進で将来はどんな会社を目指しますか。
「変化に強い会社を目指したい。今は(予測不可能な状態を示す)ブーカの時代ともいわれている。ベネッセは教育事業から始まり、介護などを手掛けるようになって、ある意味変化してきた会社だ。だが会社が大きくなるにつれ、対応力は下がってきたと感じる。対応力を取り戻せば、顧客に届けられるサービスの質をよくし続けられる」
「ベネッセは『よく生きる』をテーマにした会社だ。サービスを提供する顧客だけでなく、働く社員や一緒に仕事をするパートナー企業の人などがいきいきと自分らしく働けたり、過ごせたりするようにしていきたい」

(長田真美)

[日本経済新聞電子版 2022年9月1日付]