「嫌だ」と思ったら勇気を出して声を上げる
『#駄言辞典』の第1章に紹介されている駄言の横には、「こう言い返せばよかった」というコメントが複数見られました。本当にその通りで、「言い返せばよかったのだろう」と私は思います。駄言を言われて「嫌だ」と思った人が、勇気を出して「嫌だ」と声を上げなければ、その駄言を言ってしまった人は、自分の発言が駄言であったことをいつまでも知り得ないし、アップデートされる機会もないからです。きっと、別の人に対しても、ずっと駄言を言い続けてしまう可能性があります。

私たちには誰かの発言に傷つけられてもなお、「嫌だ」となかなか声を上げない傾向があります。「あの発言に傷つくのは、自分だけかもしれない」「皆はどう感じるのだろう」「自分だけが嫌だと正直に伝えたところで悪目立ちして、皆を敵に回さないだろうか」……とあれこれ考えてしまう。
しかしながら、実際は、自分が「嫌だ」と思った時点で、その感情は紛れもない事実。そのときに反射的に「嫌だ」と言えることがこれからは大事になってくるのではないでしょうか。社会が多様性を重視する方向に向かっているのであれば、1人でも「嫌だ」と感じる人がいれば、その声はみんなが知るべきでしょう。
ただ、ケンカ腰で「言い返す」必要はないと思っています。相手を打ち負かすことが目的なのではなく、相手と理解し合って、その後も人間関係を構築していくために自分の本心を伝える、というのが本来の目的です。「言い返す」のではなく、別の言葉に「言い換える」のです。
例えば、「女性が活躍する社会」と言われたのが嫌だったら、「男性も家庭で活躍できる社会になるとよいですね」と言うとかね。ちょっとユーモアを交えて、良い言い方に言い換えてみるというイメージです。
ちなみに、私が所属する(父親の育児参画を後押しするNPO法人)ファザーリング・ジャパンでは、「女性活躍推進法」の法律にある「女性」という文言を「男性」に、「職業」という文言を「家庭」に言い換えた「男性活躍推進法」というものを考案しました。このパロディー版を厚生労働省の役職の人に聞いてもらったことがあって、反応も良かったです。ネット上にありますので、ぜひチェックしてみてくださいね(「【公開用】FJ育休施策提言2019」で検索)。
(構成 小田舞子=日経xwoman)
[日経xwoman 2021年7月6日付の掲載記事を基に再構成]