自覚症状ない免疫の暴走 全身をむしばむ慢性炎症防ぐ
様々な生活習慣病やがんの引き金になる「万病のもと」として近年注目されている慢性炎症。じわじわと体をむしばむ慢性的な炎症を抑えることは、健康長寿につながる。まずはその仕組みを正しく知ろう。
炎症は本来、悪者ではない。体の異常事態を元に戻そうとする防御反応だ。
例えばウイルスが侵入し風邪をひくと、免疫細胞から炎症性サイトカインというタンパク質をはじめ、炎症を促す炎症性物質が産生される。すると免疫システムが刺激され、ウイルスを排除しようと攻撃を始める。熱が出たりのどが腫れたりするのは、こうした体の修復過程で一時的に起こる急性炎症だ。修復が完了すると炎症は治まる。
一方、自覚症状のない弱い炎症が、体内で長期にわたってじわじわ続くという現象が近年知られるようになってきた。これが慢性炎症である。
炎症が収束せずに慢性化すると、炎症性物質が必要以上に作られ、免疫システムが過度に活性化する。そして正常な細胞まで傷つけるようになり、やがて重篤な病気を引き起こす。動脈硬化、糖尿病、高血圧、がん、認知症など慢性炎症が関わるとされる病気は枚挙にいとまがない。
慢性炎症の第一の原因に挙げられるのは内臓脂肪型肥満だ。食べ過ぎや運動不足で内臓脂肪が過剰に蓄積すると、肥大化した脂肪組織を余計なものとみなした免疫細胞が炎症性物質を大量に産生する。このため脂肪組織が慢性的な炎症状態になる。
「おなか周りにたまる内臓脂肪には、口から有害物質が入ってきがちな胃や腸を守るバリアの役割がある。だからもともと免疫細胞が多く炎症を起こしやすい」。九州大学病院内分泌代謝・糖尿病内科、肝臓・膵臓(すいぞう)・胆道内科の小川佳宏教授はこう解説する。
さらに「炎症性物質は局所にとどまらず、臓器間をつなぐ代謝ネットワークを介して全身に波及する」と小川教授。火種である脂肪組織から飛び火した炎症が、血管壁でくすぶるように続けば動脈硬化、肝臓で続けば脂肪肝、膵臓で続けば糖尿病の発症リスクになる。小川教授は「そこからまた別の臓器や組織に次々悪影響を及ぼす可能性がある」と警鐘を鳴らす。
慢性炎症のもう一つの主要原因は老化細胞だ。細胞は一定の分裂を繰り返すと分裂を停止する。通常はここで細胞死が起こり体内から消えるのだが、死なずに臓器や組織にたまっていくものがある。これを老化細胞と呼ぶ。
慶応義塾大学医学部百寿総合研究センターの新井康通センター長は「蓄積した老化細胞から様々な炎症性物質が産生されるSASP(サスプ=細胞老化関連分泌)という現象が起こることが、動物実験で分かってきた」と話す。
SASPは慢性炎症を誘発し、周囲の臓器や組織にも炎症状態を広げ、正常な細胞を老化させていく。「老化細胞が増えると、老化が進み、筋力が低下するサルコペニアのような加齢性の病気になりやすい」と新井センター長。
100歳以上の「百寿者」を調べると、年齢の割に慢性炎症の程度が低い人が多いという。「慢性炎症をなるべく抑えることが健康長寿の秘訣」(新井センター長)といえる。
慢性炎症は症状がないまま進行するのが厄介だ。診断が難しく特効薬もない。小川教授は「何らかの病気となって表れたら、他の臓器に炎症が広がらないよう早期治療を。何よりも病気が発症しないよう、慢性炎症を予防する生活習慣が大切」だと訴える。
暴飲暴食を避け、栄養バランスのよい食事をする。運動する。十分な睡眠をとる。喫煙しない。ストレスをためない。オーソドックスだが、ぜひこれらを心がけてほしい。
(ライター 松田 亜希子)
[NIKKEI プラス1 2022年7月30日付]
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