2014/5/27

発想を直接媒体にぶつけて描く下絵にはしばしば、作者のヴィヴィッドな感情の表出を見いだすことがある。ある下絵でシャガールは、粗く描きながらもモチーフが踊っているかのような生命感たっぷりの筆あとを見せ、別の複数の下絵では様々に色を変えて色彩配置の実験を重ねていた。そもそも本物の天井画を見るためにオペラ座を訪ねても、間近に目を寄せてじっくり観察することはできない。少なくとも天井画に関しては、むしろこうした展覧会のほうが、シャガールの息づかいを肌で感じるような鑑賞の仕方ができるかもしれない。

天井画のモチーフの一つである「ダフニスとクロエ」については、さらに企画の厚みを感じさせる展示が続いていた。シャガールは、同時代のフランスを生きた作曲家、モーリス・ラヴェルによる流麗で官能的な音楽の中で演技が行われるこのバレエの衣装を同時期にデザイン。会場には、衣装のためのスケッチや衣装そのものの数々が展示されていた。

シャガールが「ダフニスとクロエ」に入れ込んだのは、天井画を制作する10年ほど前の1952年にさかのぼる。2世紀末にギリシャの詩人、ロンゴスが書いたのが、この恋愛物語。ロンゴスの本の挿絵を描いてほしいという出版元からの依頼があり、シャガールはこの年にギリシャを取材したという。地中海のまばゆい光の下で鮮やかに映る色彩と古代の詩人の書いた純愛の物語に、画家は想像を大きくふくらませた。さらにはバレエの衣装を作るためにラヴェルの音楽で頭の中を満たしながら、物語を絵にする試行錯誤が続く。版画集はようやく61年に出版され、63年にオペラ座の天井画が完成、衣装を担当したバレエは64年に上演される。こうして「ダフニスとクロエ」は、晩年を迎えようとしていたシャガールにとって、特に重要なテーマになり、豊かな「響き」を奏でたのだ。文学や音楽を背景に絵が生まれるという構図もまた興味深い。

この展覧会では、フランスの地方都市メッスの大聖堂やエルサレムの医療センターに設置されたステンドグラスの下絵なども多く見ることができる。

(多摩美術大学教授 小川敦生)

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