それフォント? デジタル世代、自作文字に関心
手書き看板の文字 街歩き「採集」
「お、あったあった」「このアンバランス感、さすが!」。歴史あるたたずまいの商店が並ぶ東京の下町、日暮里。店々の看板に見入るのは、下浜りんたろうさん(30)と西村斉輝さん(29)。街の看板から個性的な書体の文字を探す「のらもじ発見プロジェクト」のメンバーだ。
ゴシック体や明朝体。パソコンでフォントを選んだ経験は誰にでもあるはずだが、既存のものに飽きたらず、自分ならではのフォントを求める動きが広がっている。
古い商店の看板は、多くが味のある手書き文字。プロジェクトは街で探したこうした文字をツイッターで紹介し、デザインの規則性を探して他のひらがなやカタカナのフォントも作成。作成したフォントはホームページからダウンロードして使えるほか、ロゴの字体に使ったTシャツも販売する。収益の一部は看板の持ち主である店に還元する。
デザイン関係の仕事をする下浜さんらはもともとフォントとの付き合いは深いが「書き手の存在感があって、デジタルフォントに慣れた世代には新鮮」(西村さん)な看板文字に魅せられた。
一方で活動はデザイン関係者にとどまらず、ネット上で広く拡散する。
昨年3月のホームページ立ち上げ以降、フェイスブックのいいね!は1万5千を超えた。「ネットの普及で一般個人の発信が増え、どういうフォントを使うかはデザイン関係者だけの問題ではなくなっている」と下浜さんは痛感している。
「ブログの題字のフォントがどうもしっくり来なくて。試しにネットで検索したら、無料フォントがたくさん出てきてびっくりした」と都内の主婦(31)。クラシックな文字から女性の手書き文字、人気アニメの題字風まで。フリーフォントと呼ばれるこれらは、素人が自作していることも多い。
書体に関する著書も多い、ブックデザイナーの祖父江慎さんによれば「使いやすく安価な作成ソフトがここ5~6年で増え、今では日々新たなフォントが生まれている」。動画投稿の流行も、インパクトあるフォントの需要を後押しする。
飼い猫写真でA~Z
人気フォントの活躍の場はデジタル画面にとどまらない。大阪・梅田の雑貨店、キデイランド。店の一等地、女性客が群がるのは1月に誕生した「ねこフォント」のコーナーだ。チョコレートやシールなど、商品にプリントされているのはアルファベット。2匹のネコが体をくねらせ足を伸ばしと、AからZまで1字ずつを全身で形作る。
「実写画像の文字なんて見たことない」「まさか全文字作るとは」。飼い猫の写真を使ってお遊びで作ったというフォントは、昨年ネットに上げた直後から「えらい反響」(制作者の大西正輝さん、40)。
ブログやカード類などでの個人使用にとどまらず、ロゴ字体として使う動物病院も現れたという。人気は海外メディア
にも取り上げられ始めた。大西さんは今、複数のメーカーと商品ラインアップ拡充にむけ商談中だ。
「文字への関心は、若い人を中心にかつてない盛り上がり」と祖父江さん。きっかけはデジタル機器の普及と言う。「学生時代までは皆、自分の字があり、こだわりもあったはずなのに就職と同時に文字を書かなくなる。その喪失感が根底にある」。デジタルな文字列を使っていかに自分を表現するか。「絵文字、顔文字の使用も一般化し、次はフォントにこだわるというステージに来ている」と見る。
人気は意外なところまで波及している。眼鏡ネット通販のオーマイグラス(東京・品川)は1月、フォントを元にデザインした眼鏡ブランド「TYPE(タイプ)」を発売した。商品は「ヘルベチカ」「ガラモンド」の2ライン。いずれもフォントの名前だ。ガラモンドなら丸みを帯びてやや装飾的、など各書体の特徴を眼鏡で再現。さらに各ラインで縁の太さ、色を3種類ずつそろえた。
「従来の眼鏡はデザインが体系立っていなかった」(企画とデザインを担当した広告代理店ワイデンアンドケネディの長谷川踏太氏)。この形で縁を少し細く、などフォントと同じようにデザイン体系を作ったというわけだ。
企画の背景には「こうした微妙なニュアンスの違いにこだわる人が増えている」(同)ことがある。細部にこだわることによる控えめな自己主張。フォント人気は消費者のこうした志向の高まりを象徴してもいるようだ。(高倉万紀子)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。