資本主義社会の本質を考える ソニー銀行社長 石井 茂氏
高校1年の2月、風邪をひいたままラグビーの練習をしたのがたたって入院。読書に楽しみを見いだした。
石井茂 ソニー銀行社長
高校の先生に柔らかい本を勧められ、入院中は司馬遼太郎の『竜馬がゆく』(文春文庫)などを読みました。体を動かすことさえままならないときに、大地を駆け巡る坂本竜馬の姿を思い浮かべると気分が晴れました。ただ、慢性腎炎の診断を受けて退院後も体育の授業を休まざるを得ず、生と死は身近な存在なのだと強く意識しました。
大学に入ってすぐに読んだのがマックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫)。資本主義社会を生み出した基本精神を分析した本です。当時はマルクスが『資本論』で示した疎外論の影響を受ける学生が多かったのですが、私は魅力を感じませんでした。マルクスは資本主義社会を批判しながら、結局、世の中はカネがすべてだと主張しているようにも思えたのです。そんな私が選んだ就職先が証券会社だったのは、運命の皮肉です。採用面接で自由にモノが言える雰囲気だったのが決め手でした。
山一証券では、会長秘書や経営企画などを担当。経営の中枢部門に身を置きながら経営破綻を経験した。
会長秘書のとき、行平次雄会長(当時)が戦記物を好んでいた影響を受けて読んだのが、今村均という軍人が記した『私記・一軍人六十年の哀歓』です。彼は戦略を練る能力が高いのですが、有能なサラリーマンでもあり、周囲の人間の様子をよく見ながら、組織を動かし、信念を貫くのです。組織の中で生きていくにはバランス感覚が大切だと実感しました。
堀栄三著『大本営参謀の情報戦記』にも感化されました。大本営陸軍部参謀として情報戦を担う様子を描いています。情報が錯綜(さくそう)する中で、物事を決めるために必要なのは本質をつかむ力だと教えてくれます。山一証券には本質をつく議論ができる雰囲気がなくなり、大きな決断ができませんでした。
ソニーに転職後、ネット銀行の設立に奔走する。
新銀行の設立はソニー社内でなかなか了解を得られず、2001年春にようやく船出しました。参考にしたのはジェームズ・C・コリンズ著『ビジョナリーカンパニー2』です。会社の運営にはビジョンが必要ですが、それ以前にヒトが集まらないと事業は始まりません。「誰をバスに乗せるか」という一文を目にしたとき、「これだ」と思いました。「こんなことをやりたい」という人たちをまず集め、具体的な経営目標を定めました。
リーマン・ショック、欧州債務危機など世界の金融市場の混乱が続く中、ネット専業のソニー銀行は住宅ローンなどを柱に成長してきた。
世界の金融情勢をつかむのに読書は大きな助けとなります。『セイヴィング キャピタリズム』は資本家が権益を持つと市場メカニズムを壊してしまう怖さを明らかにしています。富を蓄積した人たちは政治力を発揮して既得権益を守ろうとし、結果として市場経済をゆがめてしまうのです。これは日本の株式市場にも当てはまる議論です。証券会社が自らの利益を優先するあまり、発行市場と流通市場が収縮し、誰もリスクを取ろうとしない市場になっています。
竹森俊平さんの『世界デフレは三度来る』は日本の「失われた20年」を検証するのにも役立つ本です。デフレとインフレの両極の間で大きく揺れ動く資本主義社会に、世界各国の当局はどう向き合ってきたのか。日本はなぜ、うまく対処できなかったのか。やはり物事の本質を見極める努力が足りなかったのだと思います。
(聞き手は編集委員 前田裕之)
【私の読書遍歴】
《座右の書》
座右の書と山一証券時代に読んだ本
《その他の愛読書など》
(1)今村均氏の著書『私記・一軍人六十年の哀歓』(芙蓉書房・70年)、『続・一軍人六十年の哀歓』(同・71年)。戦略家であり組織人でもある今村氏の生き方に共感。
(2)『世界デフレは三度来る(上・下)』(竹森俊平著、講談社・06年)、『ケインズとハイエク』(松原隆一郎著、講談社現代新書・11年)、『イノベーションのジレンマ』(C・クリステンセン著、伊豆原弓訳、翔泳社・2000年)。資本主義社会の本質を解き明かす本を、激動の金融界を生き抜く糧に。
(3)『炎の陽明学』(矢吹邦彦著、明徳出版社・96年)。