問題発言でカンヌ追放のトリアー監督「メランコリア」を見た
カンヌ映画祭リポート2011(12)
事件が起きた。カンヌ映画祭評議会は19日、デンマークのラース・フォン・トリアー監督を「好ましからぬ人物」として映画祭会場への出入りを禁止すると発表した。トリアーはコンペティション部門に「メランコリア」を出品しているが、18日朝の記者会見で「ヒトラーに共鳴する」などと発言していた。
映画祭が参加中の映画作家を閉め出すのは異例のこと。トリアーは謝罪したものの、評議会は「人間性および寛大の理想に反する容認しがたい発言」と判断した。「メランコリア」はコンペの対象作品として残るが、仮に受賞してもトリアーは授賞式に出席できない。
トリアーは2000年に「ダンサー・イン・ザ・ダーク」でパルムドールを受賞。09年の「アンチクライスト」も女優賞を受けるなど、カンヌでの評価は高い。そのエキセントリックな言動はともかく、独特の映像感覚をもつ異才だ。
18日に上映された「メランコリア」も強烈な作品だった。冒頭の詩的映像からイメージの喚起力がすごい。鳥が空からばたばたと落ち、馬がゆっくりとたおれていく。惑星「メランコリア」が地球に向かっており、衝突の日が近いのだ。
海辺の屋敷の結婚式で、惑星の接近を一人感知する新婦は猛烈なメランコリーに襲われる。ブランデーをラッパ飲みし、裸で月光浴をする。モラルの冒涜(ぼうとく)は、惑星衝突に通じる、トリアーなりの終末観の暗示なのだろう。その終末の光景が異様に美しいために、見る者は激しく戸惑う。それがトリアーの世界なのだ。
スペインのペドロ・アルモドバル監督の「ザ・スキン・アイ・リブ・イン」も強い印象を残した。一見、異常な物語だ。主人公は皮膚移植の画期的な技術をもつ形成外科医。乱暴されて狂死した娘の復讐のため、犯人の男を拉致し監禁。皮膚を張り替え、性転換手術を施し、娘そっくりの姿に変えてしまう……。
フランスの作家ティエリー・ジョンケの猟奇的ミステリー「蜘蛛の微笑」を原作とするが、設定の一部を借りながら、アルモドバル独特の感覚をはっきりと出している。それは、深く傷つけられる感覚、それと、傷つきながら蘇生していく感覚とでもいおうか。
ひりひりするような感受性が画面のすみずみに満ちている。色鮮やかな薬品が入った試験管やシャーレ、きらきら光る医療機器など、病院の光景もポップで明るく見えるから不思議だ。猟奇的な物語でありながら、むしろすがすがしさを感じたのはなぜだろう。
(編集委員 古賀重樹)
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