世界最大の映画祭開幕 シンデレラ、ラーマン監督凱旋
カンヌ映画祭リポート2013(1)
シンデレラボーイがカンヌ国際映画祭に戻ってきた。オーストラリアのバズ・ラーマン監督。レオナルド・ディカプリオを主演に迎え、3Dで撮った「華麗なるギャツビー」が15日夜、オープニング作品として上映されたのだ。1992年、カンヌに初参加。当時29歳の新人だったラーマンも、その後「ロミオ+ジュリエット」「ムーランルージュ」などの大作を手がけ、今や白髪の大監督。堂々たる凱旋だ。
世界最大の映画祭も今年で66回目。21年前、記者はその衝撃的なデビューを目の当たりにした。ある視点部門で上映された「ダンシング・ヒーロー」。4日目の深夜の上映だった。有名スターは誰一人出ていないオーストラリアの無名の新人監督の作品が一夜にして、カンヌ中の話題となったのだ。
無名のダンサーのサクセスストーリーという映画を地でいく事件だった。早朝から日本を含む各国のバイヤーが殺到。製作費約450万ドルの低予算映画が瞬く間に世界に売れた。配給権は高騰し、日本では当時米国映画以外では異例の全国同時公開となった。タイム誌は「カンヌ史上例のないシンデレラ」と書いた。
今回上映された「華麗なるギャツビー」はラーマンらしい視覚的なスペクタクル性に満ちた作品だ。原作は言わずと知れたスコット・フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」。その背景となる1920年代のニューヨークの文化と風俗をイメージ豊かに再現している。
水辺の大邸宅で夜ごと開かれる豪華なパーティー、そこに集う享楽的な若者たちのファッション、アールデコ調のインテリアや装身具。ギャツビーらが自動車を走らせる都市の景観は、機械を明るい未来の象徴として称揚するマシン・エイジの美学に貫かれている。
3Dを駆使した派手な映像は、いかにも作り物っぽい。まるでディズニーランドだ。しかし、その作り物らしさこそが20年代文化のエッセンスのような気がする。建築、デザイン、ファッション、音楽……。その渦中にいる若者の生き方も作り物めいているが、それが彼らにとっての切実さ、ひいては20世紀の人間にとっての切実さなのだ。
憧れの女性を得るため成り上がったギャツビーを、けれん味の下に繊細さが潜むディカプリオが好演。ロバート・レッドフォード主演、フランシス・F・コッポラ脚本、ジャック・クレイトン監督「華麗なるギャツビー」(74年)が心理的、精神的な描写に傾いていたのに対し、ラーマン作品はより視覚的、表層的に時代をとらえることで、そのまがまがしさをリアルに浮き彫りにする。前作にとっては50年前だが、今や90年前の話だ。記憶から歴史へ。時を経たから見えてくるものもある。
「シベリア鉄道の中で1冊の小説を読んだのがすべての始まりだ。今日の精神的風土の中で、ギャツビーの物語に触発されずにいられないし、違った見方ができるはずだ」。ラーマンは15日の記者会見でそう語った。
審査委員長、スピルバーグ監督への喝采
開会式で圧巻だったのは「ジョーズ」「E.T.」「インディ・ジョーンズ」などの名場面の上映に続いて登場した審査委員長、スティーブン・スピルバーグ監督への喝采だ。総立ちの観客の拍手は延々と続き、この現代米国を代表する大監督への深い敬意が、世界中に満ちていることを実感させた。
「カンヌは66回、私も66歳になりました」とスピルバーグはあいさつした。カンヌ映画祭ディレクターのティエリー・フレモーによると、審査委員長の内諾を得た2年前からスケジュールを空けてもらったという。
開会式に先立つ記者会見で「審査の方針は?」という質問に対しスピルバーグは「ない」と笑って答え、さらにこう続けた。「私の意見は単純だ。私たちはいつもジャッジしている。常に映画館でみる作品をジャッジし、評価し、何が革新的に新しいのか見ようとする。映画はいつも観客の目をひこうと競い合っている」
今年の米アカデミー賞(オスカー)を争ったアン・リー監督も審査員の一人だ。「ライフ・オブ・パイ」のリーは「彼は私のヒーローだ」と語り、「リンカーン」のスピルバーグも「我々は競争相手であったことは1度もない。いつもずっと仲間だった」と応じた。
アカデミー賞とカンヌ映画祭の違いについて、スピルバーグはこう語った。「我々はただ映画を見て、それについて話し合い、その結果をみなさんにお渡しする。ここにはオスカーのようなキャンペーンがなく、吸い込む空気は新鮮だ」
(カンヌ=編集委員 古賀重樹)
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