サラリーマンが運用する日本の投信

そもそも資産運用とは高度な専門性が要求されるものであり、組織力よりもファンド・マネジャー個人の力量、技量が成否を分ける。世界的に著名なファンド・マネジャーといえば、ジョージ・ソロス、ウォーレン・バフェット、ジム・ロジャーズ、スタンレー・ドラッケンミラーなど、みな外国人だ。一方、日本では、ファンドのほとんどが、誰の運用か表に出てこず、販売会社名と運用会社名の両看板で販売されている。製販分離というのは名ばかりで、販売主体という世界でも珍しい日本投信の構図がある。

もっとも、名が出ずとも、ファンド・マネジャーの成果主義が徹底していれば、「所詮は他人のカネだ」という意識にはならないはずだ。成功と失敗には相応の褒美と罰がつくものだが、日本のサラリーマン・ファンド・マネジャーには、聞いたらのけぞるような高額報酬もなければ、冷酷無情な首切りもない。そこにプロ意識など育つはずはなく、投資家には、大手銀行の信用力だけを頼りに預金するのとなんら変わらないメニューしか渡されない。

箱根での恒例社内ゴルフコンペ。19番ホールは仙石原保養所で盛り上がる。

優秀なファンド・マネジャーなら、そんな状況に嫌気して独立するか、成果主義の徹底されているブティック系に転職するだろうが、販売主体の世界では、そういったいわば命がけの投信が売れるとは限らない。先述した欧米の著名ファンド・マネジャーは、独立して運用しているオーナーであり、運用の成否が自分の人生をも変えてしまうような厳しい状況に我が身を置いている。

使い捨て投信

「貯蓄から投資へ」というスローガンの対象は投信だったはずだ。教科書的には長期投資の本命とされている。ところが、日本ではそんなことになっていない。どんな商品にも流行りすたりはあるが、長期保有を訴える投信において、人気商品が、まるで回転木馬のように短期間で入れ替わるのは、明らかにおかしい。投資家は乗り換えるごとに多大なコストを強いられる。実際、5年前に残高上位であった投信がそのままなのは稀である。投信の先進国である米国ではそんなことはない。人気のある商品は不動の地位を得ており、それを維持すること、すなわち良好な実績を残すことに、運用者は命がけになっている。

なぜこのような短期での乗り換えが日本では起きるのか。販売会社からすれば、残高に対して受け取る手数料の信託報酬(0.5~0.8%)よりも、販売金額に対して受け取る販売手数料(2~3%)の方が大きいから、乗り換えをお客さんに勧める。まるで使い捨て投信だ。私はプロの報酬としての運用手数料は、その実績に応じて多くても構わないし、そもそも、販売会社優位の報酬体系を疑問に思っている。顧客に本当にうまい料理を提供するのではなく、何か違った味を提供することにいそしむ。顧客も違った味に飛び付く。そんな状況では本当にうまい料理など育たないと断言できる。

注目記事
次のページ
ガラパゴス化した投信の終焉