「ワラビスタン」第二の故郷 クルド人ら埼玉で共生

首都圏に住む外国人の存在感が増している。その数は78万人。全国の外国人のほぼ5人に2人は1都3県で暮らしている。草の根交流で地域社会に溶け込む一方、文化や習慣の違いは時に、あつれきの火種になることもある。環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉が進みグローバル化が迫られる中、様々な顔をもつ隣人とどう接すればいいのか。外国人の住民が多い埼玉県蕨市周辺を訪ねた。

偏見の少ない土地柄

8月24日の午前9時前、JR京浜東北線蕨駅の東口から10分ほど歩いた蕨市民公園に眠い目をこすりながら彫りの深い外国人が1人、2人と集まってきた。「シャファガタ ハシュバ」。聞き慣れない言葉で挨拶を交わす彼らは、トルコから日本に来たクルド人たちだ。毎月第4土曜日に実施するボランティア清掃は今年で7年目。この日は女性や子供を中心に10人ほどが集まった。

彼らにとって蕨市民公園は特別な場所だ。毎年3月に開く伝統の新年祭「ネプロス」。日本人も含め数百人が集まり新年の踊りや民俗音楽、伝統料理などを楽しむ。その会場がこの市民公園だ。「わたしたちの街だから、きれいにしないと」。地元の高校に通う女子高生、ペリンさん(15)が、ほうきで落ち葉を集めながら流ちょうな日本語で説明してくれた。

「クルド」といっても日本人にはあまりなじみがないだろう。トルコやイラン、シリアなどの山岳部に住む民族で、人口は2500万人とも3000万人ともいわれるが、自らの独立国を持っていない。少数派の彼らは迫害を受け、故郷「クルディスタン」を後にし、主に欧州方面に逃れている。戦火の絶えない中東からの難民の流れは今も途切れることはない。

クルド人難民が日本に向かい始めたのは1990年代初めからだ。ビザの規制が比較的緩く入国しやすい日本に逃れてきた。今では500人とも600人ともいわれ、そのほとんどがJR蕨駅を挟む埼玉県蕨市と川口市に住んでいる。

なぜ「蕨」なのか?

蕨や隣の川口は、「キューポラのある街」で知られるように中小の町工場が多い。「以前から外国人労働者が多い土地柄で、外国人への偏見が他地区に比べると少ない」と市民の一人は解説する。