旅行・レジャー

耳寄りな話題

夏の高校野球 発祥の地は大阪・豊中運動場 甲子園は第10回大会から

2013/8/22

夏のある日。同僚と高校野球の話題で盛り上がっていたら、上司がふと漏らした。「球児の聖地は兵庫県西宮市の甲子園だけではない。大阪府豊中市にもあるんだ」。記者もかつては甲子園に憧れた高校球児。グラブをペンに持ち替え、球史を追った。

阪急宝塚線の豊中駅から10分ほど歩くと、住宅街の一角に「高校野球発祥の地」というレリーフが見えてくる。日本高等学校野球連盟(大阪市)の田名部和裕理事が興味深いエピソードを披露してくれた。

■高校サッカーや高校ラグビーも豊中が発祥

「兵庫だけでなく大阪の出場校も地元校と呼ばれることがあります。豊中で開催された名残かもしれません」

1915年、豊中運動場で「全国中等学校優勝野球大会」が開かれた。現在「全国高校野球選手権大会」と呼んでいる夏の高校野球の前身で、記念すべき1回目の大会だった。

豊中市の広報、西岡良和さんによると、豊中運動場は東西150メートル、南北140メートルで、さまざまな競技に使われた。大正末期に取り壊されたものの、四方に張り巡らされていた赤レンガの壁の一部が残っている。

西岡さんはもう一つ興味深い話をしてくれた。「豊中は高校サッカー、高校ラグビーの発祥地でもあります」。18年には豊中運動場でサッカーとラグビーで競う日本フートボール優勝大会が開催されたという。

■2年後に兵庫・鳴尾へ、甲子園はその後

なぜ多くの全国大会が豊中で生まれたのか。取材を進めると、阪急電鉄の創業者で、宝塚歌劇団の生みの親として知られる小林一三の名が浮かんできた。

阪急文化財団(大阪府池田市)の伊井春樹理事は「沿線で催し物をすれば乗客が増えると考え、豊中運動場を建設したようです」と話す。

旅行・レジャー 新着記事

ALL CHANNEL