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何でビルの中に 阪急・梅田駅にお地蔵さんのナゾ

2013/12/15

 阪急電鉄・梅田駅(大阪市北区)の改札口を出ると、線香の香りが漂ってきた。見るとお地蔵さんをまつるお堂がある。「何でこんな人通りの多いところに?」。調べてみると、今はにぎわう梅田地区だが、その昔は墓地のあるさびしい田舎だったらしい。

■全国でも珍しい北を向いた地蔵

拝む人の姿が絶えない阪急三番街の北向地蔵尊(大阪市北区)

 お地蔵さんは「北向(きたむき)地蔵尊」という。駅の建物の1階西側、紀伊国屋書店の横にある。一般にお地蔵さんは南を向いており、名前の通り北向きなのは全国でも珍しそうだ。

 ここに落ち着くようになったのは1969年のこと。それまでは今の場所の東側、茶屋町に近かった。阪急電鉄の社内誌(69年)には「新阪急ホテルの建設により、北へ移転……さらに梅田駅拡張工事で、またホテル東側へ仮移転し…」「最終的には新駅一階のホテル寄りに遷座し、安置することに決まった」と記されてある。

 さらに遡って調べるために、地蔵尊の世話役を務める阪急三番街 北向地蔵尊奉賛会の沢真由美さんに話を聞いた。「地蔵尊は、この付近の畑から1891年に掘り出されたものです」。作者やつくられた時期は分からないが、当時の地主が世話人となってお堂を建てたと伝えられている。「梅田墓地に葬られた人を見守ってもらおうという願いが込められて北向きにまつられた」との説が有力だ。

■大阪七墓の一つ「梅田墓地」の名残

 梅田に墓地があったとは今の町並みから想像しにくい。早速、古地図をあたった。

 明治21年(1888年)発行の地図を見ると、官営鉄道(国鉄、今のJR西日本)大阪駅の北西部には墓地を表す「⊥」のマークが並んでいる。また大阪市設立の財団法人大阪都市協会(2007年解散)が編集した北区史(1980年発行)は「大阪駅ができた西成郡曽根崎村旧天童は、梅田千日墓地のあったところ」と記している。

 古地図と現在の地図を見比べると、JR大阪駅の北側一帯に大阪七墓の1つ「梅田墓地」があったとみられる。今の再開発地区「うめきた」周辺に相当する。阪急梅田駅のお地蔵さんは、この梅田墓地の名残とされる。

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