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うすくちしょうゆ 関西で生まれた理由

2012/12/8

関西人が東京でうどんを食べたら、黒いつゆに驚いたというのはよく聞く話。逆に関東出身の記者は15年前に大阪に住み始めた時、透き通ったうどんだし汁のおいしさに感動した。そのだし汁に欠かせないのが色の淡いうすくちしょうゆ。兵庫・龍野(現たつの市)生まれのうすくちの歴史と関西の食文化との関係を探った。
うすくちしょうゆ造りで昔使われていた大豆を煮る釜(左)とコメを蒸すための釜(うすくち龍野醤油資料館)

まず訪れたのがたつの市のヒガシマル醤油(しょうゆ)。1580年ごろ創業のうすくちしょうゆのトップメーカーだ。取締役営業連絡部長の大谷正幸さんに造り方を教えてもらった。

「しょうゆの原料は大豆、小麦、塩ですが、うすくちはコメが加わる。甘酒を入れるためです。それ以外はこいくちと大きくは変わりませんが、各工程で色をつけない工夫をしています」

麹(こうじ)に塩水を加えてもろみを造る工程。塩分濃度を高め、発酵の進行を緩やかにする。「(色をうすくする)コストは相当かけている」(大谷さん)

続いて同社の旧社屋を改装した「うすくち龍野醤油資料館」を訪れた。大豆を煮る釜やコメを蒸して甘酒にするための釜など、過去に使われていた道具が並ぶ。「麦をいる時間を短くするなど、色をうすくする工夫は昔から行われていました」と館長の沢勤さん。

◇            ◇

うすくちしょうゆが生まれた経緯は? 資料館の年表には1666年「淡口(うすくち)醤油を円尾孫右衛門が造り出し」とある。そこから龍野全体に広がったという。円尾は龍野でしょうゆ造りをしていた人物だが、いかに技術を確立したかは分かっていない。

「龍野を流れる揖保川の伏流水はミネラル分の少ない軟水。それでしょうゆを造ったら(発酵が緩やかになり)通常より色の淡いものができた。それが京都などで喜ばれ、さらに色をうすくする工夫を加えたのでは」と大谷さんは見る。

甘酒を加え始めたのは19世紀初め。酒造業を兼業していたなごりなど、理由にはいくつかの説がある。その中に京料理によく使われるみりんと合うからというものもあり、需要地の好みに合わせた可能性は高い。

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