ケヤキやヒノキなど6000本を植林

2000年に33年に1度の「ご本尊ご開帳」があった。その時、「せっかくの慶事に、何か後世に残せることを」と皆で考えついたのが植林だったという。というのも、その少し前に舞台の張り替えがあり、宮大工や山林業者から、国内の巨木が枯渇している実態を聞いていたからだ。

すぐに対策に動いた。京都市左京区花脊などに山林を購入し、ケヤキやヒノキを計6000本植えた。森さんは「私たちは清水寺1200年の歴史の一点。100年、200年先のことを常に考えとる」とサラリ。

400年がかりの植林をこの目で確かめたい。花脊の山を目指した。清水寺から車で1時間。植林を請け負う林業家の古原久弥さんの案内で山道をかき分けていくと、ネットで囲われた高さ4~5メートルの木々が現れた。

「ここに3000本植えた。木は初めの20年が肝心。やっとここまできた」。丁寧に枝を払い、間引きして成長を促す。ケヤキは真っすぐ育てるのが難しいこともあり、「3000本植えて使えるのは300本程度」。う~ん、ますます気が遠くなってくる。

清水寺が植林するケヤキにはシカの被害を防ぐため、テープを巻いている(京都市左京区)

国内に巨木はほとんど残っていない

さらに、この10年、鹿が繁殖して芽や皮をかじる被害が広がる。「一本一本保護テープで巻いたがずいぶん傷んでしまった」。だが、めげる様子はない。フェンスをこしらえ、追加で苗を植える予定だ。「国内に巨木はほとんど残っていない。舞台の再建が自分の手にかかっていると思うとプレッシャーだが、関われるのは誇り」。跡を継ぐ息子にも、今から大切さを説く。

再び清水寺へ戻ると、修学旅行生や外国人旅行客であふれていた。目を閉じて400年後を思う。きっと新しいケヤキが、参拝客でにぎわう舞台を変わらず支えているのだろう。国宝に関わる人々の考えのスケール感や、粘り強い精神力に圧倒された。

(大阪・文化担当 佐々木宇蘭)

[日本経済新聞大阪夕刊いまドキ関西2013年7月3日付]

注目記事