人物ではないものを「○○様」と呼ぶ表現は御所ことばとして古い文献に登場。「実際は『さん』と読まれた可能性が高い」と山下教授は話す。現代に残る話し言葉の多くが使われ始めた戦国時代(15~16世紀)には、すでに定着していたようだ。
山下教授は「最初にさん付けしたのは食物」と推察する。「女房らは、皇族や公家が『召し上がる』ものを自分らの食物と区別し、敬意を示し別の呼び方をしたはず。これが庶民にも広まったのでは」
食物以外に「さん」を付けるのも、敬意の表れという。例えば「お馬さん」とは言うが「お牛さん」とは言わない。馬上の武士や公家への敬意から、馬もさん付けで呼ぶようになった可能性がある。社寺をさん付けで呼ぶのもこのパターンだ。
一方、山下教授は「さん付けする食物は、丸くてかわいい共通点があります」とも指摘する。豆や芋は丸い。おかゆやつゆも丸い椀(わん)に入っている。「愛着のある食物を上品に言いたいという女性の気持ちの表れでは」
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大阪で「あめちゃん」と呼ぶアメも、丸くてかわいい。実は京都や滋賀では「あめさん」とも呼ぶ。3年前から「あめちゃん」というアメを販売している製菓会社「パイン」(大阪市天王寺区)の木下堅太・開発部次長(44)は「他人に薦める際、押しつけがましくないよう配慮して食物に『ちゃん』や『さん』を付けるようになった、との説もあります」と話す。
関東では「神さま」「お天道さま」など「さま」を付ける傾向がある。「武士が町人を支配した関東と、対等な町人同士の文化が発達した関西の気質の違いかも」と山下教授はにらむ。
ただ大阪弁の保全や継承を目的とする市民団体「なにわことばのつどい」の代表世話人の梅田徹さん(55)は「最近、さん付け言葉を使うのは中高年層。若い世代はめっきり話さなくなった」と嘆く。「親しみやすく、相手への敬意がにじみ出る象徴的な言葉遣い。もっと広い世代に使ってほしい」と話している。
(大阪社会部 松浦奈美)
[日本経済新聞大阪夕刊いまドキ関西2013年1月16日付]