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大阪・伊丹空港、飛び地また飛び地の謎 起源は「太閤検地」?

2011/11/13

飛び地が多数存在する歴史的背景について、池田市立歴史民俗資料館の田中晋作館長は「江戸期、一帯に似た名称の村が多数あり、それらが合併を重ねたことが関係しているようです」と説明する。

例えば池田市にはかつて「東今在家村」と「西今在家村」があり、1880年に合併して「今在家村」となった。だが現在豊中市にあたる地域にも「今在家村」があり、混乱したためそれぞれ「北今在家村」「南今在家村」に村名を変えたという。「村境もかなり曖昧だったのでしょう」と田中氏。

なぜ似た名称の村が近接して存在したのだろうか。「太閤検地の際に徴税しやすくしようと、大きな村を細かく分割したのが原因ではないでしょうか」と近世の幕藩領主支配を研究する大阪大学の村田路人教授は見る。「検地で別の村となったところに自分の田畑があった場合、飛び地として代々引き継いだ可能性もあります」

飛び地の境界が直線である点について、小長谷氏は「奈良期の条里制の名残」と推察する。条里制は水路などで直線的に土地を区画するのが特徴。「享保16年小坂田村絵図」にもそれらしい形跡がみられ、村田氏も「近畿には今も条里制の区割りが残っている地域が多い」と賛同する。

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複雑な境界線は空港の運営に影響しないのか。空港を管理する国土交通省大阪航空局大阪空港事務所に聞くと「航空機の運航に支障はなく、特に問題はありません」。

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