2012/4/10

歴史博士

京都周辺に特有の専用道路か

江戸時代に作製された大津ー京都間の道路改修工事の計画図面(大津市歴史博物館)

実は車道は京都から伏見までの竹田街道約7キロ、下鳥羽までの鳥羽街道約6キロにも設けられていた。「車石・車道研究会」では現時点で、車道の記述を確認できた一番古い街道は竹田街道、次に東海道、鳥羽街道の順という。だが、京都以外の都市では車石・車道に関する史料が確認できず、京都周辺に特有の道路だった可能性が高い。「車道が設けられていたのは河川での水運を期待できないルート。重量物を頻繁に運ぶ必要性から生まれたのでしょう」と久保さんは推測する。

【アクセス】京都市営地下鉄「御陵」から徒歩10分弱。

明治時代に撤去された車石は府道143号線沿いに建つ記念碑の基壇ばかりでなく、京都市や大津市内の民家の石垣などに再利用されている例があるという。また、小学校の教師らが地元の歴史を伝える史料として譲り受け、校庭などに保管している学校もある。「車石・車道研究会」は大津市歴史博物館などと協力し、地元の歴史として車石と車道を正しく伝えようと初の企画展「車石」(4月15日まで)を同館で開催中だ。敷設費の担い手など不明になったことも多いため、企画展を機に情報が寄せられることを期待している。

(文=編集委員 小橋弘之、写真=尾城徹雄)