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歴史博士

2012/2/7

歴史博士

宮内庁が「河野宮墓」として管理する墓所。地元による「南帝自天皇陵」の碑が立てられている

同村の辰巳武實教育長は「『本当の墓はどこか』『朝拝式が500年余り途切れていないのは本当か』などと尋ねられますが、きちんとした記録が無いので確認のしようがありません」とする一方、「そう地元では信じられていることは確かです」と話す。

「筋目」以外にも儀式開放

朝拝式に参列できるのは長年、「筋目」と呼ばれる刺客を討った郷士の子孫だけだった。式は徳川幕府の命令で17世紀以降、村内の3地区に分かれて別々に続けられた。だが村の過疎化や高齢化が進み、存続のために5年前から式を一本化。4年前には筋目ではない村民らも参加して保存会を結成して式を主催することになり、誰もが参加できるようになった。2010年には村の民俗無形文化財に指定されている。

【アクセス】南阪奈道路の葛城ICから国道169号などを通り、車で約1時間20分。

「式の一本化には、筋目の高齢者の抵抗感が強かった。10年以上、議論を重ねました」。保存会副会長の前田剛さんは、朝拝式の“改革”についてこう話す。保存会には「服装も簡略化してはどうか」といった、式の内容まで見直そうとする声もあるという。だが前田さんは否定的だ。「残すからにはきっちりした形で残さないと。簡略化を始めると歯止めがきかなくなり、ありがたみが薄れて式自体をやらなくなりますよ」

(文=竹内義治、写真=葛西宇一郎、伊藤航)


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