常に開かれている浄土の扉古きを歩けば(51) 西本願寺の総門(京都市)

2013/3/26

国宝に指定されている飛雲閣や北能舞台など数々の名建築が伝わる浄土真宗本願寺派本山の西本願寺(京都市下京区)に、特異な立地で目を引く門がある。「総門」と呼ばれる門で、京都の町を南北に走る広い堀川通によって通の西側にある西本願寺の境内と切り離され、堀川通と交差する正面通の入り口に立っている。しかも、門の周囲に塀や垣などはないうえに門扉は常に開かれているため、乗用車がごく当たり前に門を通り抜けて「何のための門だろう」といぶかしく思う観光客も多い。

建立後約300年の間に、3回移築された西本願寺の総門(京都市下京区)

親鸞聖人450回忌に建立

西本願寺の境内と総門を分断する堀川通

同寺によると、古文書や絵図から総門は宗祖・親鸞聖人四百五十回忌に合わせた境内の改修事業の一環として、宝永8年(1711年)に建立されたと見られるという。門は「高麗門」と呼ばれる形式で、門扉の上に大きな屋根、左右の控柱(脇柱)の上に小さな屋根を設けている。高麗門という形式自体は豊臣秀吉が朝鮮半島に出兵した文禄・慶長の役ごろに城郭建築で用いられ始め、江戸時代になって神社仏閣の出入り口を仕切る門としても造られるようになったとされる。

京都の市中は度々、大火に見舞われたが、総門は建立時のまま伝わっているとされる。元治元年(1864年)の大火で同寺は総会所などを失ったが、総門はあわやのところで焼失を免れたという。

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