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歴史博士

今に伝わる経版木6万枚、日本の出版事業の原点 萬福寺・宝蔵院(京都府宇治市) 古きを歩けば(19)

2012/2/21

 ■摩滅しにくいヤマザクラを使用

江戸時代に「一切経版木」を作成した鉄眼の像

 版木材には、堅くて摩滅しにくい吉野地方のヤマザクラが用いられている。図書の出版は「上梓(じょうし)」というが、これは中国で版木の材に梓が用いられたことにちなむ。日本では材に適した梓を中国ほどには得られなかったため桜が用いられたという。

 鉄眼版の版木1枚の大きさは縦26センチ、横82センチ、厚さ1.9センチで、両側に3センチ幅の縁がある。版木の表裏に経文を彫り、文字の配置規格は1行20字、横20行。行を仕切る縦のケイ線しか引いていないが、これが400字詰め原稿用紙の体裁の基になったとされる。また、隠元から譲り受けた一切経が中国・明からもたらされたものだったため、彫られた文字の書体は「明朝体」。この書体は現在多くの新聞・雑誌で使われるが、鉄眼の版木で印刷された経典が各地の寺院に渡り明朝体の普及につながったと、宝蔵院には伝わっている。

 ■近世の様子伝える反り止め形式

印刷した大般若経を荒縄にかけ、一晩乾かす

 版木に詳しい奈良大学の永井一彰教授は「印刷史の観点から、鉄眼版は近世の版木の様子を伝える貴重な資料」と話す。永井教授によると、版木の様式は江戸の元禄期(1688~1704年)を境に違いがあり、その特徴の一つとして元禄期前は文字の彫りが深いことを挙げる。もう一つは版木が年月の経過とともに反るのを防ぐために両端に付けられた木製枠(反り止め)の形式。元禄以前はこの木製枠を版木に釘(くぎ)で打ち付けていたが、元禄以後はスライドさせて着脱できる方式になったという。

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