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歴史博士

2012/4/17

歴史博士

聖徳太子の伝承が残る人魚伝説

観音正寺の本堂は19年前、火災で焼失したが、2004年に再建された。現在の本尊はインドから特別に輸入した白檀で制作されたもの

1568年、信長が観音寺城を攻めると六角氏は戦うことなく開城し、逃亡した。一方、観音寺は戦禍を避けるため一時、麓に移ったが、16世紀末に山上に戻った。この寺の縁起については、「前世で無益な殺生をしたために怪異な姿に転生した人魚を成仏させようと、聖徳太子が御堂を建てたのが始まり」というユニークな伝承がある。「読み書きのできない昔の人々にも分かりやすく戒めるため、人魚の伝説を使ったのでしょう」。山主の岡村瑞應さんはこう話してくれた。

寺には本尊の千手観音立像(国重要文化財)や「人魚のミイラ」が伝わっていたが1993年、不審火で本堂とともに焼失した。岡村さんが父である先代とともに、インド政府の特別許可を得て輸入した1200本の白檀(びゃくだん)で本尊を新たに刻み、本堂を再建するまで、11年もの月日を要した。

【アクセス】JR「能登川」駅からタクシーで繖山の山上駐車場まで15分、本丸跡までさらに徒歩25分。

「歴史の舞台に住んでいることが、子供の頃から誇りでした。城跡の整備を進める際は、現在の静かな環境を大切にしてほしいですね」。こう話す岡村さんは、草生す城跡の中央にある伽藍で、寺を訪れる多くの参詣者に今日も仏の教えを説く。

(文=竹内義治、写真=末松誠)


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