2012/3/20

歴史博士

製作時の状態をほぼとどめる

兜に取り付けられた先開きの大鍬形(おおくわがた)も特徴の一つだ

同大社が義経から崇敬を受けたのは事実という。垂水(神戸市)にあった同大社の所領を義経が保護したり、義経が壇ノ浦に進軍する途中まで神主が同道したりした記録があるそうだ。「こうした史実に加え、鎧の華やかな装飾が義経のイメージと合致し、伝承を生んだのでしょう」というのが松村さんの推察だ。

同大社には国宝や国重要文化財の鎧計7体分をはじめ、奉納された武器・武具が多数伝わる。いずれも一級品だ。松村さんは「室町幕府からの奉納が目立ちます。大和の武士が信仰した春日大社を重視する姿勢を示し、南都の人心掌握を狙ったのでしょう」と話す。

全国に残る甲冑は明治時代以降、傷んでいる部分を補修したり、部材を新しいものに取り換えたりされ、結果的にオリジナルが損なわれてしまった例が多い。そんな中、この赤糸威大鎧(竹虎雀飾)は後世の手が入った跡がほとんどなく、製作時の状態をほぼとどめている貴重な例という。

修理作業では、威糸と同色に染めた鹿革で270カ所を補強した。素材を変え、後世に手が入った箇所を分かりやすくした

修理を担当した国選定保存技術保持者、小沢正実さんは「金物、染色、皮革、組みひも、すべてが当時最高の技術。それに加えて、これほど状態の良いものは他にありません。全国の鎧の中でも別格です」と話す。松村さんによると長年、神宝扱いされて宝庫に収蔵され、神主でさえめったに目にすることがなかったという。「それが良好な保存状態につながったのでしょう」