鳥獣に乗る菩薩と13歳の願い
古きを歩けば(53) 観智院(京都市)
獅子、象、馬、孔雀(くじゃく)。動物園の光景ではない。インド神話の鳥類の王、迦楼羅(かるら)も加えた5体の像が、背中に智恵をつかさどる菩薩(ぼさつ)を乗せている。京都市南区の観智院は、鳥獣座に乗る珍しい五大虚空蔵菩薩像の本尊で知られる。
■東寺の塔頭、真言宗の勧学院
観智院は東寺の塔頭(たっちゅう)寺院で真言宗の「勧学院」、つまり研究所的な施設だ。真言密教の教義や仏像の印相の資料などは1万5千件を超え、徳川家康が黒印状を与えて勧学院として認めた。
虚空蔵とは広大無辺の智恵を無尽に蔵していることを指し、空海もこの仏に祈り、強大な記憶力を得たとされる。その智恵の仏が乗る鳥獣にも、それぞれ意味があるという。
「迦楼羅は決して落ちない鳥の王で、ガルーダ・インドネシア航空もそれにちなむ。孔雀は毒蛇を食べ、悪いものを浄化する。馬は王の乗り物。象はヒンズー教で障害を除くとされるガネーシャ神に由来し、獅子は強さの象徴」。東寺総務部の山下泰永拝観課長はそう解説する。
■長安から恵運がもたらした仏像
5体の仏像は唐からもたらされた。寺伝では、平安時代前期の僧で、空海や最澄と並び唐から様々な文物を持ち帰った入唐八家(にっとうはっけ)の1人、恵運(えうん)が長安から京都・山科の安祥寺にもたらし、その後に観智院に移されたと伝わる。面長の相貌にはどことなく異国情緒が漂う。
以前調査した東京文化財研究所の岡田健保存修復科学センター長は「国内では鳥獣座の五大虚空蔵菩薩の作例はほかになく、中国でもこんなにまとまった立体彫刻の例は少ない。中国では密教的要素の仏像が日本と同じように残っているわけではなく、五大虚空蔵菩薩とわかる例も少ない」と指摘する。
ただし「作りや材料、形状から中国でつくられたことは分かるが、比較できる他の作例は少ない。14世紀には観智院にもたらされていたが、製作年代など明確には分からない点も多い」とも話している。
智恵の菩薩だけに、親子連れの参拝者が多い。数え年で13歳になる子供がお参りすると智恵と福徳を授かるとされる「十三参り」は、江戸時代からの民間信仰だ。特に4月13日(旧暦の3月13日)の参拝は、関西では七五三などと並ぶ年中行事として知られる。
今年も4月13日には多くの着飾った少年少女が訪れ、寺に華やいだ空気を運んだ。中には髪をきれいに結い上げた振り袖姿の少女も。京都では大人用の晴れ着を、肩上げしたうえで初めて身につける晴れの場だという。
■時代を映す少年少女の「字」
本尊をお参りする前に、自分が大切に思う言葉を1つ選んで紙に書き、祈祷(きとう)を受けるのが習わしだ。京都府宇治市から訪れた平井美羽(みわ)ちゃんが記したのは「羽」。「自分の名前に使われている文字で、自分もこれから羽ばたきたい、という希望をこめた」とほほ笑む。「ふだんめったに拝めない仏様を拝むので緊張した」とも。
「智恵を授けてくださる仏様だから」と教えたのは母親の万雅(まみ)さん。自身も母に連れられてお参りしたという。「昔なら元服、という節目の年に智恵を授かるという行事。友達と一緒にお参りできるのを娘も楽しみにしていました」と目を細めた。
少年少女が選ぶ言葉は時代を映す。「男の子の選択は『強さ』から、『優しさ』『和』へと変わっている」と山下課長は明かす。今年も「笑顔」「仲間」などの言葉が並んだ。
年間千組弱がお参りに訪れるが、70歳代でお参りに訪れた女性もいたという。「還暦で1度自分もゼロに戻ったので、改めて十三参りをしたい、とのことだった」(同課長)。
五大虚空蔵菩薩を含めた観智院の春の特別公開は25日まで。桃山期の建造とされる客殿(国宝)は、中世の住宅形式を残しながら、近世の書院造りへと移行していく状態を示したとされる。客殿南側の枯れ山水の庭は、唐から帰朝する際に遭難しかけた空海が法具を海に投げると海神が現れ、海が静まったという様子などを表現しているという。
(文=中川竜、写真=尾城徹雄)
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