ゆるキャリで生きる 多様な価値観が財産
Wの未来 会社が変わる
「ゆるキャリ」という言葉をご存じですか? 自分が大切にする生活を謳歌しながらマイペースで仕事をする、仕事第一ではない、ゆるやかなキャリアの女性たちのことだ。
「夏はイベントが多くてフラダンスを踊る機会が増えるんです」と声を弾ませる井川沙紀(32)は2010年に焼き菓子「プレッツェル」の販売店を展開するプレッツェルジャパン(東京・港)に転職した。勤務時間は自ら裁量で決める。普段は隔週の週末にフラダンス教室に通うが、今はイベントに向け平日も定時退社で練習に駆けつける。
■趣味の人脈活用
前の会社は深夜早朝までの激務。休日は寝て過ごし、ストレスで腸炎も患った。転職後、好きなフラダンスをする余裕ができた。だが趣味だけに終わらない。
昨秋、フラダンス仲間のつてで訪ねた外資系金融機関でプレゼンし、法人契約を取った。これ以外にも会社が結んだ法人契約の大半は、営業職でもない井川の功績だ。「飛び込み営業より知人の紹介の方が話がスムーズ」と屈託ない。
ゆるキャリの経験や人脈が時として会社に意外な効用をもたらす。厚生労働省の調べでは女性のフルタイム従業員の平均勤続年数は伸び、12年時点で8.9年と男性(13.2年)との差も縮まっている。保険会社や商社など一般職女性を大量採用してきた企業ほど、その生かし方に頭を悩ませており打開策を模索する。
■顧客の痛み共有
「被災地に住むほうがボランティア活動をしやすい」。東京海上日動火災保険に勤める高橋ちあき(34)は、同社が地域採用者向けに転勤制度を導入したのを機に盛岡支店への異動を志願。昨年7月から岩手県北上市の同支店岩手南支社に勤め、週末はボランティアに汗を流す。
神戸市に住み、転勤の無い地域採用で入社。「感謝の言葉が私の活力」とボランティアに精を出す高橋は東日本大震災後、休暇を利用して被災地に赴いた。「定期的に通うのは難しい」と感じていたところに降ってきた転勤話だった。
ボランティア目的の転勤だが、現地では販売代理店も顧客も皆被災者。「日ごろ痛みを分かち合うことが信頼につながり、必要な情報を吸い上げやすい」と営業にもいきる。会社側も「被災地を肌で感じた経験は他の地域でも地震保険の販売などに役立つのでは」(人事企画部)と新制度の効果を期待する。
「ゆるキャリ」という言葉を生んだエッセイストの葉石かおり(47)自身、ゆるキャリだ。雑誌記者としてがむしゃらに働いた時の反省から、1カ月の半分は東京で仕事し、半分は京都で私的な時間を満喫する。家族と過ごしたり美術鑑賞したり充電することで仕事への意欲も増すという。
「ゆるキャリはただのやる気のない社員ではなく、自分自身が商品。視野が広く、人としての豊かな経験を仕事に生かす彼女たちは、企業にとっても財産」と指摘する。社員の滅私奉公が会社の成長を支えるというのはもはや幻想。多様な価値観が生み出す化学反応こそが新たな可能性を開く。(敬称略)
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