田園都市線のルーツは高速道路 東急、幻の計画

田園都市線のたまプラーザ駅は、高い吹き抜けが特徴的。駅と商業施設が一体化している

渋谷、二子玉川、たまプラーザなど、東京都南西部から神奈川県北部を走り抜ける東急田園都市線。沿線には人気住宅地が広がり、首都圏でも屈指の混雑路線となっている。この田園都市線、ルーツをたどっていくと、もとは道路計画だったという。「多摩田園都市」の秘めた歴史を探った。

渋谷から江ノ島までの高速道路計画

駅のホームから階段を上って改札階に出ると、吹き抜けの大空間が頭上に広がる。横浜市青葉区にある東急田園都市線のたまプラーザ駅は、東京急行電鉄が中核と位置付ける駅だ。2010年には駅と商業施設を一体開発した「たまプラーザテラス」が完成。周辺開発にも力が入っている。

戦後、同社が進めてきた多摩田園都市計画は、鉄道と一体化した都市開発だった。それは渋沢栄一らがかかわった田園都市株式会社にルーツを持つ同社のDNAともいえる。

しかし、実は田園都市線には知られざる前史がある。当初は鉄道ではなく、道路を目指していたというのだ。どういうことか。「国道の謎」(祥伝社)などの著書がある国道研究家、松波成行さんに聞いた。

「1950年代に『東急ターンパイク』という高速道路計画があったのです。渋谷から二子玉川を経て江ノ島まで延びる構想だったようです」

松波さんの手元には、計画について英文で書かれた資料がある。「OUTLINE OF “TOKYU”TURNPIKE ROAD PROJECT(東急ターンパイク計画概要)」。日付は1954年6月だ。ルートや需要予測、資金計画などが詳細に書かれており、「出資を募るための資料だったのでは」と松波さんは推測している。

資料は道路関係者から入手したという。それ以前の経路は定かではない。15ページにわたる計画書は、当時の交通渋滞のひどさや道路の少なさを指摘する一方で、モータリゼーションの波が押し寄せてきている状況を訴える。東急の「本気度」が伝わってくる貴重な資料だ。

東急ターンパイクの英文資料。ルートや需要予測、資金計画のデータが詳細に記されている(松波成行さん提供)

ちなみにターンパイクとは、自動車専用道路のこと。もともとは英国で使われ始めた言葉らしい。19世紀初頭、町中に馬が入らないよう横木がついた柱を立てた。横木を押せば中に入れるが、馬は横木を押すことができなかった。この横木のことを「Pike」といい、Pikeがターンするからターンパイク、というわけだ。

この、横木を押して中に入る仕組みが料金所のゲートとなり、転じて自動車専用道路を指すようになった。欧米を視察した東急の幹部が日本に持ち帰り、そのまま使ったようだ。

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