食の偽装で見えてきた「産地ブランド」の限界(加藤百合子氏の経営者ブログ)

孫悟空さん、30歳代男性
極端ですが「今週の酸っぱいミカンならもう注文しない」客には、「ではもう注文いただかなくて結構」で良いのではないでしょうか。農家はホテルマンと異なるので、顧客一人一人の要求を満たすことが仕事ではないと思います。私が考えるブランドの根幹は”信頼”です。○○産のミカンであれば土も肥料も産地偽装も心配ない、安心して買える信頼です。それをどう構築するか。ネットでミカン畑の様子を動画配信するもよし、農家直送のミカン箱の中に農家の顔写真と作物への想いを一筆書いて入れてもよし、木のオーナーになってもらうもよし、です。信頼できる顧客と良好な関係を構築することが大切ではないでしょうか。
エコグリーンさん、40歳代女性
ブランドとか産地とかは結局マーケティング仕様になってしまいました。消費者として、本当に大事なのは、誰が、どこで、どのように育てたか、に尽きると思います。トレーサビリティをわかるようにすれば、偽造も出来なくなるし、売る方も、売り方をブランドとか産地ではなく、グロースホルモンを使用していない肉類とか、平飼い○○日の鶏肉とか、謳ったほうが、消費者も納得して買えると思います。いくら安くても薬漬けの肉は食べたくないと思いますから。消費者も安いものには理由がある事をもっと知るべき。それに反して、いいものには対価に値する値段を払えると思います。どちらにせよ、売る方も、マンネリのブランド産地商法ではなく、地球にも人にも優しい方法で育てたものをトレーサビリティを付けて、責任持って売るべきだと思います。
柳田信一さん、60歳代男性
私は自分で庭に100平米程の畑を作り、野菜作りを楽しんでいます。大根は先端が3、4本に別れる等、見かけは悪いものばかりですが、新鮮であることが何にも勝る価値です。マーケットで生鮮食料品を購入する時も、出来るだけ地場の野菜、魚を買います。日本はブランドに弱い国ですね。世界遺産のブランドが付くと、本質は変わらないのに人が押し寄せます。今回の和食の世界遺産登録も同様です。和食の素晴らしさは高価な懐石料理などではなく、日常のお米、味噌汁、野菜、魚のバランスがとれた内容にあるのではないでしょうか。これが日本の食事の文化で、世界に誇れる『和食』だと思います。
natureizmさん、40歳代男性
おっしゃるとおり、消費者の方達からは様々な要求が出てきますが、それらの要求全てに答える必要は無いような気もします。産地表示や生産者表示は生産している農業者側からすれば、「これは私の育てた農作物です」、という当たり前のことだと思いますが、従来型の小口生産者の集合による集荷・出荷方式ではなかなか難しいことだと感じます(味や品質も含めて)。もともと自然の産物である農作物や畜産成果物は、その時の自然環境に従って味や食味が変化するから尊いものと思うのですが…。
50歳代男性
農作物は工業製品とは違います。そこを勘違いしている人が多いのでしょう。本来美味しいものから売れていって、後になると価格が下がるというのが市での農作物の価格です。生産が少なければ高くなるようなシステムにすべきだと思います。美味しい作物を作ったら高く売れる。それは農家にもプラスだと思います。もう一つ、自分で選んでいないから味に文句がでるのです。そこも今のIT技術を使えば改善可能でしょう。
menciaさん、50歳代男性
日本人の悪い癖で会ってもいないのにスーパーに生産者の顔が貼ってあると、妙に信じてしまうという傾向があることは昔から不思議と思っていました。一方で、やけに実直にルールを作る。ニジマスをサーモンと呼ぶのはダメだという今までは商標登録が認められたものも否定するような流れもこの話を混乱させます。そもそものトレサビは、一般消費者には、流通者が提供すれば良いもので、流通者が選定する産地のこだわりを伝えるべきと考えます。逆に価格訴求型の消費者にはそのことを伝えて、提供をするというように。そこが半端だから全員が全部正しいことをしなければ出来なくなる。でも、そのコストは負いたくないというこれも矛盾。最後は里山資本主義で自分で安全なものを作って食べるしかなくなりそうですね。
40歳代女性
情報で食べる、食べさせられている現状は、好ましくないと思っており、記事に強く賛同します。消費者としてでなく、野菜ソムリエとして、農業や販売の現場に関心を持てば持つほどそう思います。日本人は生真面目に情報をきちん記録し、公表してしまうことが出来てしまうことと、権威に弱く、一方向に流れる傾向が強いのが絡み合っているようにも感じています。


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