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東京ふしぎ探検隊

「丸の内-新宿8分」の構想も 首都高、幻の路線計画

2012/8/31

■神田川が高架で覆われていた可能性も

飯田橋にも「イカの耳」があった。ここに内環状線が接続する計画だった

出発点は墨田区錦糸町付近。首都高7号小松川線の錦糸町料金所辺りから始まる予定だったらしい。両国ジャンクション(JCT)で分岐し、隅田川を北上。両国橋の辺りで西に向かい、そこからは神田川に沿って走る。計画が実現していたら、神田川もそのほとんどが日本橋周辺のように高架に覆われていたかもしれない。

内環状線は岩本町で1号上野線と接続。このときの接続部分が、上記の「イカの耳」として残っている場所だ。神田川沿いにさらに西に歩いて行くと、飯田橋の辺りでも「イカの耳」を発見。やはり道路が途中で切れているような不思議な光景だ。ここで5号池袋線と接続する予定だったという。その後さらに西へ向かい、中野坂上付近で中央環状線と接続する計画だった。

「三十年史」は内環状線についてこう説明している。「この路線は、都心環状線北側部分のバイパス路線として、都心環状線の混雑緩和を図るとともに、都心部ネットワークの強化を図るものである」。しかし計画は実現しなかった。首都高会社によると、「計画自体は立ち消えていないが、現在、計画実現に向けた検討は行われていない」とのことだった。

■バブル期に浮上した「弾丸道路」、丸の内-新宿を地下で結ぶ

幻の路線といえば、バブル期に話題となった「弾丸道路」がある。東京都が積極的に推進した計画で、実現すれば丸の内と新宿の間を約8分で走ることができたという。どういう計画か。当時の資料や新聞報道を調べてみた。

バブル絶頂の1989年(平成元年)に編さんされた「三十年史」によると、「弾丸道路」の正式名称は「都心新宿線」。丸の内から西新宿までの約8キロをすべて地下で走る路線だった。所要時間は約8分というから、計算してみると時速60キロということになる。

計画は、東京都庁の丸の内から新宿への移転を機に持ち上がった。当時、4号新宿線の渋滞は激烈で、首都高の路線の中でも最悪だった。混雑緩和を狙って東京都が打ち出したのが弾丸道路だった。ちなみに旧都庁は現在、東京国際フォーラムとなっている。

その中身はユニークだ。なんと日本初の乗用車専用道路だったという。トラックやバスは走れない設計だったのだ。トンネルを小さくして工事費を抑える狙いがあったらしい。

地下30~40メートルという極めて深い場所を通り、しかも途中の出入り口は霞が関だけ。ビジネスの中心地でもある丸の内から都庁のある新宿までを一気につなぐ、意欲的な路線だった。

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