鼻の脂でソフトフォーカス iPhoneでモデル撮影に挑戦
家族・友人・同僚……。日常生活を撮影の舞台にするスマホ写真の主な被写体は「人物」だ。これまでの連載では、連写アプリを利用して子供たちを上手に撮影する方法などを紹介してきたが、人物に特化した「ポートレート写真」の撮影はどこまで可能か。一眼レフで撮影した写真に匹敵するような作品を目標に、都内の公園で開かれたモデル撮影会に参加し、iPhoneによるポートレート写真の可能性を探ってみた。
■ライバルは150人のカメラマン
報道カメラマンとして、これまで様々な人物を撮影してきたが、モデル撮影会は初めての体験だ。今回は、今年創立48周年を迎えた非営利のモデル撮影クラブ「全東京写真連盟」が主催する定例撮影会に、iPhone片手に参加した。同連盟ではカメラ機能付き携帯電話での参加はネット拡散防止を理由に禁止しているが、今回は特別に使用許可を得て、双眼鏡を装着したiPhone5sとiPhone5の2台態勢で撮影に臨んだ。
台風一過の青空が広がる葛西臨海公園(東京都江戸川区)に集まった写真愛好家の数は、60代前後の男性を中心に150人にのぼった。被写体となるのは約10人の専属女性モデル。プロ顔負けの高級レンズや一眼レフカメラがずらりと並ぶなか、1人で小さなiPhoneを手にすると一気に不安が襲ってきた。
■レンズ汚してソフトフォーカス効果
簡単な説明の後、関係者を含め170人前後が公園内の一角に移動し、各モデルごとに分かれての撮影会が始まった。シャッター音が鳴り響く光景は壮観。負けじとiPhoneを構えて撮影したものの、どうも平凡な写真にしかならない。
そこでふと思い出したのが、デビット・ハミルトンという1970年代に人気となった写真家だ。ハミルトンは「ソフトフォーカスによる人物撮影」で一躍有名になった。ソフトフォーカスは、特殊フィルターを使うことで、霧のなかにいるような効果を出して被写体の輪郭を柔らかく表現するテクニック。これをiPhoneで再現するにはどうしたらいいか――。そこで、特殊フィルターなどは使わずに、レンズを意図的に「汚す」方法を試してみた。
ちょっと汚いが、鼻の脂などを指に付けて直接レンズをこすり、汚してみる。すると、汚れで画像がぼやけ紗(しゃ)がかかったようなミステリアスな写真を撮ることができた。ハミルトンは80年代に日本のアイドルをこの方法で撮影したこともあり、そういう視点でみると、どこかノスタルジックな写真だ。
■カメラ目線を意図的に避ける
撮影会場でふと周囲を見渡すと、望遠レンズを駆使する人ばかり。モデルの周辺に大勢のカメラマンが集まるため、ある程度離れた距離から撮影するアップ写真になりがちのようだ。なかには重さ約4キロある超望遠レンズだけを使いカメラマンの輪のさらに遠くから撮影する参加者もいた。
さて何枚か撮影した後で見直したところ、モデルがカメラのほうを見ている「カメラ目線」の構図の写真の出来が今ひとつに思えた。ポートレート写真は時代の流行とともにあるものだが、現代では自然な雰囲気が好まれることもあり、「ソフトフォーカス写真」や「カメラ目線写真」は、少しわざとらしく見えてしまうようだ。
これを解消するためには、連日、芸能人から国会議員まで様々な人物を取材する報道カメラマンがインタビュー撮影の際に使うコツが参考になるかもしれない。
例えばインタビュー相手に、同行した記者と軽い話題で雑談してもらうように頼み、自然な笑顔が出てくるまでカメラを構えて待ったり、普段と違う動作(天を仰いだり、ふと横を見た瞬間など)を狙ったりする撮影方法だ。
いずれも「誰が撮影しても同じになる写真は避けよう」という信念が基本にある。モデルに限らず、家族写真でも「カメラ目線」を意図的に避けることで、少し違った雰囲気の写真が撮影できるはずだ。
■画面長押しでシルエットに
夕暮れが近づき、撮影会も佳境。海岸近くで撮影していたところ、海面が反射してキラキラと輝き始めた……シャッターチャンスの予感。しかし撮影中のほかのカメラマンを邪魔するわけにもいかず、なかなか思い通りの構図にならない。思い切って集団から離れ、近くの階段の上からiPhoneを構えてみたところ、きらめく海面とモデルのシルエットが重なった。
シルエット写真は、iPhoneの画面上で、明るい背景部分を長押しすることで、露出が明るい背景部分に合わせて固定(AEロック)され撮影可能となる。人物写真は、顔がはっきりと判別できるように撮影するのが一般的だが、シルエット写真のように、後ろ姿や身体の一部分、影などが、その人物を十分に表現することもある。
撮影会は無事終わったものの、iPhoneだけで一眼レフでの撮影に肉薄できたかどうかは、自分としても微妙だ。全東京写真連盟の川上秀男会長にそう打ち明けたところ「毎回、撮影会の写真によるコンテストがあるので、応募してみてください」とのことだった。
今回の撮影会で大勢のカメラマンが1人のモデルに殺到する様子は、同業他社のカメラマンが集結する重大会見の現場などをほうふつとさせる。ライバルのカメラマンよりも優れた写真を撮影するために必要なのは、鋭い洞察力と、多様な写真を撮影できる「引き出し」の多さだ。
「金太郎アメだな、コレ」。新人時代、撮影したネガをチェックしてくれた教育係の先輩がつぶやいた。「金太郎アメ」とは構図や露出などが同じで、どのコマを選んでも変わらないワンパターンな写真のこと。取材の度に「とにかく引き出しを多くしろ」と口酸っぱく言われた当時の記憶が、ふとよみがえった。
(写真部 小林健・寺沢将幸)
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