知識がないと介護保険は使いこなせない
――中村さんは東京都港区芝5丁目にある「有料老人ホーム・介護情報館」の館長をされていて、これまで介護や高齢者の住まいに関する相談に2万件以上こたえていらっしゃいます。どんな相談が多いのですか。
中村 「高齢の親が治療の必要がなくなり、間もなく退院しなければならないのだけれど、まだ一人で暮らせる状態ではない。どうしたらいいか」という相談が多いです。
介護保険制度の介護サービスをご紹介するのですが、介護についての知識がほとんどない人が多いと感じます。たとえば、退院後に入ったリハビリのための老人保健施設を病院と勘違いする人もいます。お医者さんはいても、こちらは介護保険の施設なんです。
――どうして介護についての知識が不足しているのでしょうか。
中村 いまの高齢者医療では、治療の必要がなくなればすぐに退院となります。大きな手術であっても手術が終わればすぐ退院し、在宅での療養となる。介護が必要になる局面が増えてきたのです。でも、要介護の高齢者を抱える家族は、そうした変化を十分に理解しておらず、介護を始める段階になって、あわててしまうようです。
介護保険という仕組みが非常に難しいことも、理解が進まない理由だと思います。しかも、介護保険について勉強する場がない。
――介護保険制度が始まったきっかけは、家族が介護の負担に耐えられないから、それを社会で支えましょうということだったと思います。そのようになっていないのでしょうか。
中村 いまの高齢者は、ほとんどが一人暮らしか、老老介護の二人暮らしです。同居の家族がいてもみんな仕事に出ているので「日中独居」の状態になるんですね。ですから家族としては高齢者に介護が必要になった場合、どこかで預かってほしいという希望が多い。
ところが、国は、社会保障費を抑えるため施設を増やしたくないので、在宅で医療や介護を受けてもらうということを基本にしています。家族のニーズと国が想定しているサービスがマッチしていないんです。
毎年十数万人も 家族の介護で早期退職
――認知症の親を一人で家に置いておくのは不安ですね。
中村 私は企業に出張相談にも行っているのですが、定年間近の女性から「日中独居の父親が認知症で、気が気でない。仕事が手につかないから早期退職しようかと思う」という相談をよく受けます。私は「ちょっと待ってください。ご自分の老後のことを考えたら定年まで仕事をしたほうがいいですよ」と必ず引き止めます。
でも、毎年、十数万人が介護のために退職を余儀なくされています。
――介護については、施設か自宅かという場所だけの話になることが多いですが、介護施設は介護のプロがいます。素人の介護には限界があります。たとえば、認知症の初期のころは介護施設では周辺症状への対応をしてくれます。技術面でも在宅の限界はありますよね。
中村 私も30年前、しゅうとめの認知症介護をしたときに、やはり「違うわよ」「だめよ」とすぐに言ってしまいました。それがだめなのは分かっているんですけれど、家族だとそう言ってしまう。介護のプロに任せるメリットは大きいと思います。